姫はじっと空を見上げていた。そこ に輝くは、白い月。
 よく似た二人を交互に思い浮かべ、ついたため息は、知らぬ間に夜空と消えていった。


自 由の鳥 君の翼   玖


 月陽が出て行った翌朝、姫は継母に当たる奥方様の訪問を受けていた。あらかじめ予想していたので驚きは なかった。
 ちょうどよいと思った。二人の母親たるこの方が、「若殿様」についてどのように思っているのか、姫は知りたいと思っていたからだ。
 姫とて武家の娘。お家のためにあれと育てられてきたのだ。それがわかれば、もしかすると迷わなくともよいのかと、思った。
「もとより月陽がこの家を継ぎとうないと思うていたのは知っておりました」
 気の強そうな女性だった。
「本に、我が息子殿は頑固なこと。どちらも譲ろうとはせぬ」
 艶やかに笑ったその人は、姫を見て言った。
「そなたはどちらが良いと思いまするか」
 驚いた。姫は若君の妻だが、嫁いできたばかりの身。新参者よと言われてもおかしくはないのだ。
「そなたの目には、どのように映っておるのじゃ」
 だから、姫は正直に答えた。
「お家のためには月陰殿を、屋敷のためには月陽殿を」
 奥方はほほ、と笑った。そして何も言わずに立ち上がる。姫もあわてて立ち上がった。
「それはどちらも同じこと。どちらであっても、この家は栄えるということじゃ」
 結局、姫は何の答も出ないまま、立ちつくすしかなかった。

 ふたりの姿がそこに現れたとき、姫は思わず息をのんでいた。よく似たふたりが隣に並ぶと、そこだけ別世界のように麗しい。
「あの日、私は父の連れとしてそなたの家に参っておった」
 静かな夜に張りつめる静かな声。離れていたのはほんの数日であるのに、長く聞いていなかったような気がする。
「本来は月陽も行くはずであったのが、急に病に伏せたので、私ひとりがついて行った」
 けれど幼い子はすぐに大人たちの話には飽きてしまった。庭で遊べばいいと、言ったのはどちらの親であったのか。定かではないが、月陰は喜んでそこへ出て 行った。
「庭に出てすぐ、私はそなたを見た。ひとりであるのに、楽しそうにしていたから驚いた」
 物心つく前より半身と共にいた月陰には、到底考えられぬことであった。そしてまた、兄のものとは違う姫の明るい笑顔がまぶしいと思った。
「声をかけようかとも思ったが、私にはどうしてよいかわからず、ただじっと見ていた」
 隣でくすりと月陽が笑った。
 おそらくそれが月陽であったならば、ふたりはすぐに仲良くなっていただろう。もしも月陽が熱を出さなければ、三人で仲良くなっていたかもしれない。
「驚いたぞ、自分の家の庭で溺れる者がいようとは、思いもしなかった」
 かっと姫の頬が赤くなった。助けられた事実にばかり目を向けていたので気付かなかったが、それは確かに失態であった。
「それからずっと、私はお前のことを聞かされ続けた。会ったこともないお前の姿を何度も思い浮かべた」
 笑いを含んだ月陽の声がそれを鎮める。
「まさか真にお前がこの家に嫁いでこようとは、思いもしなかったが」
 そこでふと、月陽は笑みを消した。
「俺はこの家を去る。ここでおとなしくしているのは俺の性には合わない」
 姫はちらりと月陰を見たが、彼はぴくりとも表情を変えなかった。おそらく、もうふたりは答えを出しているのだろう。
 安堵した。もう迷うことはない。姫はこの家の嫁である。月陽の嫁でもなければ、月陰の嫁でもない。この家の嫁なのだ。
「今度はきちんと話をつけて出ていく。お前が言うように」
 月陽が近づいてくる。
 姫は、俯いた。
     ちらりと月陰を見た。