目を覚ましたのは偶然だった。 「・・・月陰様?」 灯が揺れ―――ふと隣を見たが、そこにいるはずの男の姿は無かった。 自 由の鳥 君の翼 伍 姫はため息をついた。苦しい。それは何故?彼が隣にいないから? 「馬鹿馬鹿しい・・・」 元から期待などしていなかったではないか。どうせ政略結婚と。彼には好きな女がいると。わかっているのだから。 姫は上半身を起き上がらせた。乱れた長い髪を掻き揚げる。 (わたくしは・・・何がしたいのじゃ・・・?) 気にせずさっさと眠ってしまえばいいのに。ふと、灯が隠れた。 「・・・? 誰じゃ・・・?」 「姫・・・?」 男の声だった。それは己が夫の声。 「誰じゃ」 でも、それは夫の声ではなかった。 影が揺れて、男が頭に手をやったのを感じた。 「起きたのか」 「何者じゃと聞いておる」 ごまかすような言葉は、姫には通じなかった。 月陰ではない。いくら、そう演じられても、月陰はただひとり。 「賢い娘だな。俺は月陽。俺のことが知りたいのなら、月陰に聞くんだな」 「盗賊か。あの時の・・・」 男はくつくつと笑った。 「賢い娘だ」 「何をしにきた」 「さぁ」 月陽の言葉はことごとく姫の癇に障った。 姫が声を荒げようとした時だった。それにいち早く気付いたのか。自分の上の影がより濃くなって・・・あの、嫁いだ日のように、言葉はその唇に阻まれた。 とっさのことに、姫に出来たことはその目を見開くことだけ。 だが、時間が経つに連れて頭は冷えていく。姫は懇親の力を振り絞って月陽を突き放した。 「何をするのじゃ!!」 怒りを込めた瞳で月陽を睨みつけると、姫は口元を手で隠した。 「騒がれると困るのでな」 にやりと笑った、月陽。 「そんなに睨むな。俺は帰る」 あっさりと背を向けられて・・・姫の心が、揺れた。 だが、口を開いて―――気付く。何を言うことがあろうか。何を言おうとした? 姫が戸惑っているうちに、男の影は、消えた。 姫は口元の手を下ろした。だがふと・・・その唇に指を置く。熱い。苦しい。これは、一体なんだろう。 「・・・まずいな」 「何がだ」 月陽は目を見開いた。 「いたのか」 「いた」 ゆっくりとうなづき、壁から身を離した男。それは唯一自分が気配を気付くことの出来ない人物。 「それで?」 すぅっと細められた目。それは男が怒っている証拠。だが、それに唯一対抗できるのが自分だ。 「別に何も?」 男は何も言わない。 月陽にとって、男は特別だった。男にとっても、月陽は特別だった。 「いい女じゃないか、お前の奥方は。なぁ、―――月陰?」 それは、それが己が半身だから。 月陰は、何も言わずに身を翻した。 「もう来るなとは言わないのか?そんなに不安なら」 「言えるはずが無いだろう。ここはお前の家だ。たとえ―――盗賊に身を落とそうと」 月陽は嘲笑した。愚かな弟と―――それよりもっと愚かな自分に。 「この家の息子はひとりしかいないはずだが?」 早く、追い出してくれればいい。来るな、と言われればもうこの場所に来ることも無い。 「何度も言うが、俺はお前のためにこの家を出たんじゃない」 だから、もう忘れてくれればいいのに。もうこれ以上姫に会うわけには行かない。なのに、一番あわせたくないと思っているはずの男が、自分をこの場所に導 くのだから。 |