「・・・・・・お前か」
「そういう言い方は悪いのではないのか?祝いに来てやったのに・・・。なぁ―――月陰」
 月が光を増した。


自 由の鳥 君の翼  肆


「それで?姫様は?」
「さぁ。寝ているのではないか?」
「それでも夫か」
「彼女の全てを把握していてどうする?」
 くだらないとばかりに肩をすくめる月陰。
「お前らしい」
 男はひとしきり笑った後、笑みを納めた。その瞳の奥に残るそれは隠せなかったが。
「昼間、会ったぞ」
「何がだ」
「姫君に」
「―――それで?」
 機嫌が悪いように見えるのは気のせいではないだろう。
「驚いては、いたな」
「ならば私を見てますます驚いただろう」
「そりゃあそうだな」
 くつくつと心底楽しそうに笑う男を見て、憮然とする月陰。
「どうした?機嫌が悪い。そのような顔をせずとも良いだろう。“姫様”はお前の―――」
 きっと強い光を放つ瞳に、男はやれやれと肩をすくめた。
「余計なことだったな。さぁ、俺はそろそろ行くぞ」
「誰も引き止めてなどおらぬ」
「冷たいことを言うな、我が弟よ―――」
 月明かりが、揺らめいた。

「本当に、姫様の御髪のお綺麗なこと」
「なんて滑らかなのでしょう」
「そうでもない。皆の髪も綺麗じゃ」
「まぁ、姫様ったらお上手ですこと!」
 月陰は深くため息をつくと、その場を去ろうとした。
「何用でございますか」
 こちらを向いていないはずの姫。
「気付いていたか」
「そのような大きなため息をつかれては、誰かがいるとわかるのは当然のことではございませぬか?」
「なるほど、お前は頭が良いな」
 本当にそう思っているのかいないのか。姫は怒りに頬を赤らめた。
「そう怒るな。立ち寄っただけだ、邪魔してすまなかったな」
 言うだけ言うと、止めるのもかまわず歩いていく。
「まぁ。あの月陰様が御用も無いのにお立ち寄りになるなど・・・」
「よっぽど愛されてございますわね、姫様」
「そう・・・なのか?」
「えぇ、それはもう」
 くすくすと笑う女中達。あれで愛されていると言うのか。わけがわからず、姫は首をかしげた。
 だが・・・姫にはそれよりももっとわからないことがあった。あの輿入れの日の盗賊頭・・・・・・夫である月陰にそっくりであった。だが、違うのだ。別人 なのだ。どこが違うと問われても答えることは出来ないが、その雰囲気は確かに別物であった。第一、何故大名家の若殿様が盗賊などやっている?
「姫様?」
 心配そうな女中の声に、姫は意識を現実へと戻さざるをえなくなった。
「何でもない・・・」
「月陰様は・・・苦手にござりまするか?」
「いや・・・」
 そんな事は無い。彼は、優しい。―――と、思う。少なくとも、悪い人ではない。
「あのお方は、表情こそございませぬが、本当はとても優しい方にございまする。どうか、お気持ちを察してさし上げてくださいませ」
「わかっておる。わたくしはあの方の妻じゃ。その務めには―――夫を理解するということもあろう」
 姫は麗しい笑みを浮かべてそう言った。

 あの女。
「やはり違うものだな」
「若?何かおっしゃられましたか」
「いや」
 知るものこそ、片手の指で数えても指が余るほどしかいないが。あれは、確かに自分にとって一番の思い出なのだ。