「姫様」
「着いたのか」
「は」


自 由の鳥 君の翼  参


「お初にお目にかかります」
 白無垢を着こなした姫は床に両手をついた。自分は今日からこの家の一員となるのだ―――・・・。期待なんてない。どうせ夫となる人は顔も見たことのない 人。それでも、嫁いだ以上は精一杯頑張らねば。
 助けてくれる人のいない場所。うまくやれるだろうか?―――いや、やらねばならぬ。
「おぉ、月陰。来たか」
 衣擦れの音が聞こえた。きっとこれが・・・夫となる方の・・・。指の先が冷たくなっていく。
「姫、顔を上げるがよい」
「はい・・・」
 ゆっくりと顔を上げていく。目の前に男が座っていた。
「そなたの夫となる、月陰じゃ」
 さぁ・・・っと血の気が引いた。だが、ぼーっとしている場合ではない。
「姫と・・・申します」
 再び頭を下げる。
「顔を上げよ。月陰という」
 漆黒の瞳が己のそれを捕らえてきた。鋭い瞳。そらしたいのに、何故だろう。何かに捉えられたように離せない。
 一体どうなっているのか。
(月の君・・・?いや、しかし・・・・・・)
 道中会った“彼”とは別人であるように思えるのに、だがそれは“月の君”だった。
「そう緊張せずともよい。月陰は無愛想じゃが決して冷酷なわけではない」
「はい・・・」

 宴が終わり。
「あの・・・」
 姫は部屋に月陰と二人、取り残された。
「何だ」
「・・・なんでもありませぬ・・・」
 すると、月陰はため息をつき。
「何故そう遠慮する。我らは夫婦だ」
「いえ・・・このような時にお話すべきことでもございません」
「別にどのような話でもかまわぬが?」
 すぅ・・・っと月陰の手が伸びてきて、姫の顎をとらえた。
「たとえば・・・愛している男がいる・・・など、な」
 驚いて目を見開いた瞬間、口付けられた。姫は突然のことに動けない。
 気が付けば目の前に目を細めた彼がいた。
「別に・・・!そのようなことではありませぬ!」
 頬を真っ赤にした姫は顔をそらす。
「そうムキにならずともよい。“たとえば”の話をしたまでだが?」
 楽しそうに笑う彼。そうすれば、歳相応に見えるのに・・・。
「どうせ計略結婚だ。別に私はそれでもかまわぬが?」
 ドキンと冷たいものが身体中を駆け巡った。
「それは・・・貴方様がそうだから・・・?」
「私か。・・・そうだな。ずっと想っている女がいる」
 ニヤリ・・・と彼が笑った。
「とんでもない馬鹿だがな」
 それに何故かカチンときた姫は。
「女性に対してそのような・・・失礼です!」
「ほぅ。お前も大したお人よしのようだな」
 口元は笑っているが、その瞳は鋭い輝きを放っていた。
「わ・・・わたくしは・・・!」
「お喋りはここまでだ」
 言葉は唇に吸い込まれていく。

“ずっと想っている女がいる”
どうせ元から期待などしていなかった。こんなことだろうと割り切っていた。
だが・・・それでもやはり。
ココロが痛い。
「貴方は・・・“月の君”・・・・・・?」
それともただ似ているだけなのだろうか。
何年も前の記憶に縋っているだけなのだろうか。
彼は何者。
そして、昼間の彼の人は・・・いや、関係ない。
姫は眠りの淵でそう考えた。
頭に浮かぶは、幼き頃の記憶―――・・・・・・。