あなたとわたし。

しんじつ。
「…誰」
 明らかに機嫌の悪い元樹に、菜々花はおろおろするしかできない。真菜花がふぅっとため息をついた。
「一応先輩なんですけどね。菜々花の友達。中島真菜花よ」
 にっこり笑う笑顔に、うそ臭いと思ったのはおそらく元樹だけだろう。
「…なんでいるんすか」
「あら、いちゃ悪いかしら、菜々花の彼氏さん?」
 くすっと真菜花が笑った。
「知って…」
「えぇ、あなたがいなくなった後真っ赤な顔の誰かさんに自己申告されたから」
 かぁ、とまた菜々花の頬が朱に染まる。
「真菜ちゃんっ」
 慌てる菜々花も余裕でかわし、くすくすと笑う。随分と機嫌がいいようだ。それに反比例して機嫌が悪くなっていくのが元樹。
「で、何しに来たんすか」
「あら、そんなの決まってるでしょう? 不良と名高い誰かさんに私の大切な親友が騙されてるのかどうか見極めによ」
 少しも臆することなく真実を告げる。元樹が頭に手をやってため息をついた。
「もときくん、不良さんなの?」
「えぇ、そうよ。馬鹿みたいに頭がいいみたいだから黙殺されてるみたいだけどね」
 頭の回転が速い、というのが元樹の感想だった。
「…その不良が親友と付き合ってるのが不満だって?」
 真菜花が軽く首をかしげた。そしてすぐに笑い出す。
「そんな事言ってないわ。随分自分を下げるのね、あなた」
 元樹が眉をひそめる。
「私は噂でしかあなたを知らないわ。真実のあなたなんてひとつも知らないし、まして知ろうとも思わない」
 口元は笑み。だが瞳は笑っていない。
「―――だけどね。もしあなたが菜々花を泣かせるなら―――私は許さないわ」
 真菜花の笑みが深くなる。
「保障なんてできねぇよ。俺はあんたの言う不良だからな」
 真菜花が目を細めた。
「面白い人ね」
 そう言って、本当に楽しそうに笑う。
「真菜ちゃん?」
「なぁに?」
「もときくん、いい人よ?」
 くすくす、と真菜花が笑う。そうして、知ってるわ、と言った。
(知ってる―――?)
 元樹の考えている事がわかったのか、真菜花が元樹を見た。
「ねぇ? さっき私が言った事。冗談だなんて思わないでちょうだいね」
 口元の笑みは絶やさずに―――だが瞳は笑っていない。元樹が眉をひそめた。
(この子は馬鹿みたいに、良い人と悪い人の区別を付けられるんだから―――)
「真菜ちゃん?」
 真菜花は菜々花に向かってにっこりと笑った。
(私たちみたいな―――悪ぶってる人間は、特に。この子の魅力からは逃れられない)
 きょとんと真菜花を見上げる、あどけなさ過ぎる少女。
「いーい、菜々花? もしこの人に泣かされたら私に言うのよ。いいわね?」
 ほぼ無理矢理にうなずかせて、真菜花は去っていった。
 所詮は人間、なかなか良い人なんているものではない。だから、良い人になろうと努力する人と、はじめから諦めて悪い人になろうとする人間がいる。良い環 境にいる人は、特に。その好過ぎる環境の居心地の悪さをどうにかしたいから。だけど心のどこかで気付いて欲しいとも思う。自分は本当はそれほど悪い人間で はないのだと―――。
 菜々花が無意識に見極めるのは、その本質。どんなに良い人の仮面を被った人でも、菜々花はその奥底の悪意に気付いてしまう。もっとも、彼女の立ちの悪さ は、その中にも善意を見つけてしまうことからきているのだろうが。
 真菜花はその頭の良さと不器用さから、いつも周りから敬遠されてきた。だから、真菜花も人と関わるのをやめた。心のどこかで、独りは嫌だと訴えている事 を見ないふりして。だけど、菜々花だけは違った。はじめから、にっこりと真菜花に笑いかけてきたのだ。
 菜々花本人は知らないだろう。そんな人間こそ誰より誠実で、情に厚いものだとは。そんなことは、菜々花には少しも関係ない。だからこそ、離れられないの だ―――。自らのその欲望をかなえるために、真菜花は誰よりも一番に菜々花を思い、これから先一生、菜々花は心強い味方を手に入れるだろう。
(えぇ、知ってるわ。だって、あなたは私と同じ匂いがするもの)
 菜々花という蜜に吸い寄せられた、同じ人間の。
 ただ、彼は純粋すぎる。それとも優しすぎるというのだろうか。だけど真菜花は思う。自分の知っている闇など、経験していいものではないと。そう思う自分 に苦笑しながら。

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