「・・・・・・なんか、元に戻ってるんで
すけど」
「みたいだねぇ」
いつものごとく二人で登校してきた悠輝と美空を見て、由宇夏と朝子はため息をついた。心配して損した・・・そんな顔で。
「あんた、今日朝錬ないんでしょっ」
「美空はあるだろ」
再び、ため息。
そんな僕らの裏事情
「ハイ、じゃあそこもう一度」
顧問の教師の声で、奏でられる音。
「天原さん、少し音が硬いわね」
が、それはすぐに止められた。
「そう、ですか?」
「いつもより……ね。ちょっと緊張してるんじゃないかな」
「そうかも、しれません」
「まぁ、最後の大会だもんね。緊張するのはわかるけど、もう少し肩の力をぬいて。もう一度」
構えられた指揮棒を見て、ゆっくり深呼吸する。音に心をゆだねる。
「何でうまくいかないのかなぁ」
先生が職員室に帰り、部活の終了時間にもなったので美空を除いた他の部員たちはそれぞれ楽器を片付けていた。
「指が滑ってるからでしょ」
「うぅ」
うつむく朝子の頭を美空が叩く。
「最近吹いてばかりだから指が疲れてるんじゃない?」
トランペットをいつもより多く磨きながら、朝子はまだ唇を尖らせている。
「美空、今日も残るの?」
「残るわよ」
「……私も残ろっかな」
美空は肩をすくめた。片付けているそばから何を言い出すかと思えば。
「今日は帰りなさいよ」
「吹いてばかり、は美空のほうなんじゃない?」
吹き終わるのを見計らったように横からかけられた声に、美空の肩がビクリと上がる。
「気配消して近付かないでよ。しかもあんた、いつから何聞いてたの?」
「別にそんなつもりはないけど。美空が集中してたからだよ。それから、俺は他の部員が帰る前くらいからいたよ、外に」
もう外の暗くなった音楽室には美空しかいないからだろうか。にこにこと微笑む悠輝。
「あぁそう」
再び息を吸う美空を悠輝が止める。顔から笑みが消えていた。
「・・・・・・何よ」
「最近ちょっと無理しすぎだよ」
ムッとする美空。まだ、まだ練習が足りない。もっと上手く吹けるようになりたい。そのためには練習しかないのだ。
「ほら、片付けて」
「ちょっ、何すん・・・・・・」
悠輝は美空の手からフルートを取り上げて片付け始める。
「ちょっと。何でアンタ片付け方知ってるのよ」
「美空がいつもやってるのをまねただけだよ。間違ってたら言って」
見られていたのか・・・と半分ショックを受けながらそれを見ていた。だが、ハッとして悠輝を止めた。
「何で片付けるのよ!」
その手際に感心している場合ではない。まだ練習したいのに、片付けられては困る。
「休んだほうがいい。無理しても上手くならないよ」
そう悠輝に言われ、言葉に詰まる。確かにそれは、美空が他の部員に言っていることでもあった。だが、それでも練習しないといけない。大会はもう目の前ま
で迫ってきている。自分たちのレベルでは到底次に進むことは出来ないだろう。だが、せめて自分が納得いくようにしたい。
「頑張るのはいいことだけど、モノには限度があるよ」
背を向けられているので、美空にその顔は見えない。
「悠輝?」
「はい」
「あ……ありがとう」
ケースを渡されて、美空は反射的に礼を言った。
「帰ろう」
肌寒い空気をつれてくる窓を次々と閉めていきながらそう言われては、さすがに嫌だとは言えない。美空も窓を閉め始める。帰ってからまた練習すればいい。
また止められるだろうか。どうせ隣の家なのだから。
それでも・・・そう、考えていたとき。
「また明日から頑張ればいいんだから、今日は休憩の日」
考えなど、お見通しらしい。パチン、パチンと電気のスイッチが切られる。
「失礼します。音楽室の鍵を返しに来ました」
「天原さん?」
顧問が振り返って美空を見た。
「はい」
「今日は早いのね」
顧問にそう指摘され、少しだけ気まずい思いに駆られる。
「そうですか?」
「うん。でも、最近少し頑張りすぎだと思ってたから、たまにはいいかな」
頑張りすぎだから、そんな風に見られていたのだろうか。小さなショックが美空を貫いた。
「悠輝は……なんでいつも私に合わせるの?」
行きも帰りも。合わせなければゆっくりできるのに。行きは悠輝も朝練習があるから良いとして、帰りは元々吹奏楽部のほうが遅く終わるし、美空はその後も
残って練習をしていることがほとんどだ。
「心配だから、かな」
「心配って……」
自分の身ひとつくらい、守りきれる自信はあるのに。
「それでも、心配なんだ。……幼なじみがそこら辺で事故とか事件に遭ってたら気分が悪いよ」
「こんな田舎であるもんですか」
「わからないよ。美空だって女の子だし」
美空が黙る。
きっと、彼女はその奥に隠された想いに気付いていないのだろう。言った事は嘘ではない。でも幼馴染みだから・・・…理由はそれだけではない。
だけど、それを言うつもりはない。これでいい。このままで。どうか、この先ずっと、たとえ彼女に大切な人ができたとしても、こうして一緒にいられたら、
それだけで。