「美空?なんかぽーっとしてる?」
「してないわよッ」
美空はイラついて朝子を突き放した。
「そう・・・かなぁ」
「そうよ!」
そんな
僕らの裏事情
「そこ、リズムが違うわ」
美空が手拍子をする。そこへホルンを持った後輩が話しかけてくる。
「美空先輩、ここなんですけど・・・」
「あぁ、ここはね・・・」
美空はいつも以上に忙しく動き回っていた。美空と朝子は吹奏楽部に所属しており、もうすぐ大会があるのだ。それも、三年―――つまり、美空や朝子にとっ
ては最後の。
「・・・朝子先輩。美空先輩、何かあったんですか?」
「わかんない・・・」
いつも厳しいことには厳しいのだが、今日はなんだかイラついているような・・・。朝子は後輩の由宇夏に肩をすくめて見せた。
「悠輝先輩と何かあったのかなぁ」
「かなぁ」
「そこ! 練習!!」
美空の叱咤が飛ぶ。
「えー、ちゃんとしてますよー!」
由宇夏が反論し、朝子もコクコクと頷く。が、美空はじろりと二人を睨み。
「・・・すみませ〜ん」
本当に、機嫌が悪い。だが、皆に当たるのはやめようと努力はしているらしい。
「それがくたびれるんだろうなぁ」
由宇夏がポツリとつぶやいたが、それは誰にも届かなかった。
そこへやってきたのは。
「―――美空、いる?」
「あ、悠輝君っ! いるよー! 美空ー、悠輝君!」
戸口にいた朝子の声。“悠輝”という言葉にピクリ、と美空の眉が動き。
「今忙しいんだけど?」
言いながらフルートを置いて悠輝のほうへと向かう。
「―――やっぱり、悠輝先輩絡みですね」
二人から離れて教室の中へと入ってきた朝子に、由宇夏が言う。
「みたい・・・だね」
「それで、何?」
「今日、何時に終わる?」
「さぁ」
憮然として美空は答え。
「それが用?それだったら、今日はもういいから帰って」
「機嫌が悪い」
「うるさいわねっ」
美空が声を荒げる。
「―――じゃあ、頑張って」
そういって去っていく後姿。それを見ていると、なんだかイライラする。
「何なのよッ」
そんな様子に、教室内の仲間達は。
「重症」
「重症だね」
「重症ですね」
それぞれ意見を言う。が、言っていることはまったく同じ。そして、皆同時にため息をつく。
「美空先輩! 練習、しましょう?」
「―――えぇ、そうね」
まだ腑に落ちない様子だったけれど。
「―――美空」
ピクンと肩が上がる。パタンと本を閉じる音。校門の前で美空を待っていたのは、他でもない悠輝だ。
「悠輝・・・アンタッ」
もう外はとっくの昔に暗闇に変わっている。
「遅かったね。朝子たちは先に出てきたのに、ずっと君の音が聞こえてた」
「最後だもの」
音楽を奏でていれば、全てを忘れられる。
「お疲れ様」
だけど、今は少し会いたくなかった。
「美空?どうかした?」
「何が」
「機嫌が悪いね」
イライラしてくる。そうやって心配されればされるほど。放っておいてくれたらいいのに。だけど結局帰る道は同じ。美空は今までで一番、この家も部屋も隣
という事実を恨んだ。
だが、悠輝はまさか昼休みのあの会話を聞かれていたとは思っていないだろう。
だけど・・・と美空は思う。どうして、こんなにイライラするんだろう。悠輝が本当の自分を見せる事のできる人が、自分のほかにもいた。それは喜ばしいこ
とで・・・自分の肩の荷が下りるはず。そして、何より自分がそれを望んでいたのではなかったか。
ゆっくりと歩き出す。悠輝は何も話さない。その沈黙が嫌で仕方がないのに、話すのも嫌・・・なんてわがままなのだろう、自分は。時々車道を車が走って、
二人の顔を照らす。
「美空・・・」
「何よ」
「何かあるなら・・・言って欲しい」
沈んだ声。
どうして、言ってくれなかったの。平良が二重人格のことを知っているということを。そう、問いただしたくなってしまう。だけど、悠輝が言ってこないな
ら、自分から言ってやるのもなんだか癪だ。
「―――何でもないわ。ただ・・・ちょっと、最近うまくいかないのよ」
何が、とは美空は言わない。
「頑張りすぎる必要はないんじゃないかな。もっと、肩の力をぬいてもいいと思う」
美空が悠輝を見た。その横顔は、どこか遠くを見ていて。
「―――アンタこそ、無理してるんじゃないの?」
「負けるな、美空には・・・」
その一歩一歩を踏みしめるように、二人はゆっくりゆっくりと家路をたどっていた。