「・・・・・・疲れた・・・」
「せめて、楽しかった、にしなよ」
 美空は悠輝をキッと睨んだ。そんな彼女に苦笑し。
「お疲れ様」


そんな僕らの裏事情



「だいったいねぇっ! あんなに夜中に馬鹿騒ぎして先生とか来ないことがおかしいのよッ」
「黙認しててくれたんだよ」
 あっけらかんと言う悠輝に。
「それでいいの?! 教師!!」
 やはりというかなんと言うか・・・美空はご立腹。
「いいんじゃない?楽しかったし」
「・・・アンタ、全然そうには見えなかったわよ?なんか不機嫌だったでしょ」
(―――また、か)
 悠輝はどこかで聞いた台詞に苦笑した。
「何笑ってんのよ」
「ごめん。似てるなって思っただけだよ」
「はぁ?」
 本当は、嫌で嫌で仕方がなかった。それを、見抜く人もいるんだなぁと、そう、思った。
 悠輝は何でもないという風に話題を戻した。
「いい思い出になったと思うけど?」
 こんなに長く一緒にいるのに、何かのたびに新しい彼女を見つける。ふと、悠輝の脳裏に夜宮と楽しく話す美空の姿が映った。
「美空は」
 気がつけば、口を開いていて。
「夜宮のこと、どう思う?」
「夜宮・・・?」
 美空はふと考え込み。
「そうね、どっかの誰かさんに似てると思うんだけど」
「は?」
 にっこりと微笑んだ美空を見た。久しぶりに物凄く楽しそうな笑み。
「似てる・・・?」
「そうよ?」
 悠輝はしばらくの間考えたが、そんな人物など思いつかない。
「―――負けたよ、美空。俺の負け。誰?」
「自分で考えて。教えてなんてあげないわ」
 意地悪く笑う美空。
「わからないから聞いてるんだけど」
「精々頑張ることね」
「ひどいなぁ」
 これは絶対教えてくれそうにない。美空は意味ありげにクスクスと笑うだけ。
「気になるんだけどな?」
「だから?」
 教えてなんてあげない、絶対に。
 だって悔しいから。他の人の前にいる悠輝より、今の悠輝のほうがいい、だなんて。それに、少しくらい意地悪したって罰は当たらないだろう。いつもからか われているのは自分のほうなのだから。
 いつもの通学路が、今日は少しだけ楽しかった。

「あー楽しかったなぁ、修学旅行」
「眠かったけどね」
「あ、俺帰って爆睡した」
「あたしもー」
 ガラガラッと教室の扉を開けると、そこは修学旅行の話題で持ち切りだった。美空は額を押さえた。
「まぁ、当分は」
 隣で囁くような声。きっと自分にしか聞こえなかっただろう。しかし、その顔には笑みはない。それが不快なのだ、美空にとって。
「美空、悠輝、そこ邪魔」
 後ろから、からかうような声。
「あら、夜宮。おはよう」
「…おはよう」
「おはよ、美空、悠輝。で、邪魔」
 そんな言葉に、美空は少しムッとし。
「今入るわよッ」
「朝から血圧高いなー」
「誰の所為よ誰のッ」
 そんな二人の様子を、複雑な表情で見ているのは・・・・・・。
「おはよう、悠輝」
「・・・平良」
「見苦しいよ、嫉妬?」
 悠輝は何も答えない。そんな様子に、平良はおかしそうに笑う。
「あ、平良君っ!おはよー!!」
「おはよう、朝子」
「何、アンタ達今日は一緒じゃなかったの?」
 すでに席に着いた美空がこちらを見つめてきた。
「今日は俺、自主練」
 笑って答える平良。
「ふぅん」
 美空は自分から聞いておきながらまったく興味がない様で。とっくに前を向いて、かばんの中から教科書やノートを出している。

「でも、美空が夜宮に惹かれるのわかるかも」
「な・・・」
「似てるんだよね、どっかの誰かさんに」
 昼休みの屋上。その入り口に背を向け、運動場を見下ろしながら悠輝と平良は話をしていた。
「それ、美空にも言われたんだけど」
 その言葉に、平良はおかしそうに笑う。
「へぇ。その様子じゃ、教えてもらえなかったんだ」
「自分で考えろって」
「うわぁ、意地悪だなぁ」
 くすくすと平良が笑う。
「すごいおかしそうに笑ってた」
「うん、わかる、その気持ち」
 だが、やはり悠輝はわからないようで。
「でもさ、美空って知らないんだろ?俺が悠輝の“これ”、知ってること」

 その頃、美空は一人で屋上へ続く階段を上がっていた。ひとり本を読む時間―――それが一番好きだった。たまに邪魔が入るけれど。それに、最近はずっとそ んな暇がなかった。だから、一番邪魔されない屋上へと赴く。そこにはめったに人は来ないから。
「・・・・・・?」
 その屋上から、話し声が聞こえる。美空は音を立てないように少しだけそのドアを開けた。
「言うとまたいろいろと苦悶するからね、美空は」
 聞き間違えるはずもない。―――悠輝だ。そして・・・。
「でも、別に皆に暴露してもいいんじゃない?」
 平良。
「止めておくよ。平良にバレただけで十分だ」
 どうして。
 美空はその光景が信じられなかった。悠輝が、自分以外の人に“本当の自分”を出している。
 美空は静かにそのドアを閉めた。ドアに背中を預ける。ふたりの会話はまだ聞こえる。
『怒られるかな、美空に』
 平良の笑いを含んだ声。
『何で?』
『だって、これは彼女だけの特権だったわけだから』
 目の前にありありと想像することができる。悠輝が笑って答えている。
『大丈夫だよ。美空はそんな小さな心の持ち主じゃないしね』
 美空はいたたまれなくなって、ゆっくりと階段を下りた。

「―――・・・?」
 ふとドアのほうを振り返った悠輝。それを不思議に思ったのだろう、平良が声をかける。
「悠輝?」
「いや・・・美空のシャンプーの匂いがした気が・・・」
「って・・・シャンプー・・・」
 わかるんだ、と苦笑され。
「わかるよ。美空、小さい時から変えてないからね。なんか、珍しいやつ」
「へぇ。さすが幼馴染み」
 だが、まさか本当にそこにいたとは、平良も、そして悠輝でさえ考えなかった。



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