修学旅行といえば、これでしょう。
「ねぇ美空ぁ」
「情けない声出すんじゃないの。私は嫌だって言ってるでしょ」
「……問答無用っ」
しばらく考えた朝子は、美空の腕を掴んで立ち上がった。
「っ、ちょっと!」
そんな
僕らの裏事情
「来たよー」
「いらっしゃい」
朝子の間延びした声に、平良がにっこり笑って応える。その途端、朝子がぱっと美空の手を離した。これ幸いとばかりに開いたままのドアから出ようとする、
が。
「美空ー? ここまで来て、帰るとか、まっさか言わないよなー?」
「えぇ、帰るけど?」
夜宮の制止は全く意味を成さなかった。
「わー待て待て! ストップストップ!」
慌てて座っていた夜宮が立ち上がり、朝子を押しのけて美空の手をつかんだ。
「ちょ・・・動きにくいんだからっ」
勢いのままに引っ張り込まれ、浴衣姿の美空はバランスを崩す。その拍子に夜宮は美空の手を離してしまった。
「み・・・・・・・ッ」
美空、と夜宮の声が名前に変わる前に、美空の身体は後ろから伸びてきた手に腕をとられて難を逃れた。まだ早い鼓動の収まらぬまま、見上げるとそこには。
「―――悠輝・・・・・・」
無表情な幼なじみの顔。なんだか無性にほっとした。
「ごめん、大丈夫か、美空・・・っ」
我に返った夜宮が美空に声をかける。美空もハッとして夜宮を見ると、むくむくと怒りが湧いてくる。当り散らすようなまねは、するつもりはないけれども。
すぐに放された美空はその場に座りながら文句を言った。
「もう・・・危ないでしょっ」
このくらいは。でないと収まらない。
「悪かったって」
夜宮が苦笑いをする。こうしてふざけあって、冗談を言い合って。この時間が一番楽しい。やっぱり帰る、と言い出さないのは、美空にとっても結局はそうで
あるからで―――といっても、巻き込まれるのだけは勘弁して欲しいのだが、そんな美空をわかっているから、この場にいる誰も何も言わないのだ。
「先生の用事は終わった?」
輪の中には入らず立ったままの悠輝を平良が見上げる。
「…だから帰ってきた」
どうやら悠輝は先生に呼ばれていたらしい。だからあそこにいたのかと美空は納得する。
「トランプやろうぜー」
「罰ゲーム有りだろ、もちろん」
「えー! ヤダーっ」
朝子のその訴えはあっさり無視される。
「婆抜きでいいだろー?」
夜宮がそう言いつつ、すでに配り始めている。
「ちょっと、私は・・・」
「全員参加、これ絶対な。悠輝も入れって。ほら」
ニヤリ、と夜宮が笑った。美空が文句を言う前に丸め込んでしまう。
「時計回り、じゃあ俺からな」
始めてしまえばこっちのもの・・・というものだ。
「はい、朝子の負けー」
「えー!!」
「朝子って顔に出るからなぁ・・・」
そんな平良の言葉に、朝子はえぇっと声を上げ、自分の顔をぺたぺたと触っている。
「それでわかるわけないでしょ」
美空の鋭いツッコミが飛ぶ。
「う・・・」
「でも、美空とか悠輝、強いよなぁ」
「顔に出ないもんねぇ」
「“―――ハイ、終わり”だもんな」
クラスメイトのひとりが美空の真似をして面倒くさそうな顔で言う。
「そんな顔してないわよ」
「してるしてる」
「じゃあ、朝子、罰ゲーム。じゃーあれでいいじゃん。平良の好きなとこ暴露」
「えぇー!!」
ぎゃあぎゃあと笑い声が上がる。
「ちょっとあんたたち、もうちょっと静かにしなさいよ。他の客に迷惑でしょっ」
「だってさ、朝子。ハイがんばれー」
朝子に詰め寄るクラスメイトたち。美空も助ける気はないらしく、むしろ面白そうにそれを眺めている。
と、そこにその輪から逃げ出してきた悠輝が美空の傍へとやってきた。
「何?」
用はないのかもしれないと思ったが、一応尋ねる。すると美空の予想は全くはずれで、悠輝はちゃんとした目的を持って美空に近づいてきたらしい。
「何で、今日は浴衣?」
「こっちのほうが楽だからよ。他に理由なんてないわ」
それきり悠輝は黙ってしまった。だが、美空には何故今更そんなことを訊かれるのか―――その理由がわからない。
「ちょっと、悠輝?」
何よ、今更・・・と彼を見上げて軽く睨むと。
「似合いすぎてるから、駄目なんだ」
ぼそっと言葉になったそれは、聞こえるか聞こえないかのギリギリで美空の耳に入ってきた。
「―――はぁ!?」
「え、美空、何?」
ついあげてしまったその声に、視線が一度に美空に注がれる。朝子が救いの神! とばかりに視線を向けてきたが、無視した。
「なんでもないわ」
「はい、朝子、白状しろ」
「―――う・・・そんなぁ・・・」
そんな朝子に。何を思ったかにーっこり楽しそうな笑みを浮かべたクラスメイトが。
「朝子ー」
ボスッ
「ひわぁ?!」
枕を、投げつけた。
「うわ、間抜けな声」
投げた本人はこの上なく楽しそうに笑っている。
「もーっ!」
朝子がそれを投げ返す。が、彼女はあっさり簡単によけた…そのついでに近くにあった別の枕を手にする。そうして、だんだん他の人にまで伝染して激化して
いく。
「ちょ・・・っこっちにまで投げないでよッ」
「美空、今本気で投げたよね?!」
「知らないわよッ」
そんな彼らから一線引いた場所で、悠輝はうっすらと笑みをこぼしていた。
「こんなことできるのも今のうちだよ?」
ハイ、と平良が悠輝に枕を渡す。
「僕はいい」
「それじゃあ当てられるばかりだよ」
だが、平良は無理強いしようとはしない。そうして、夜は更けていく。
「だから、静かにしなさいってば、もうやめなさいっ」
そして、部屋の外。
「ったく、コイツらは・・・小学生か…」
「大丈夫ですよ、天原さんがいますから。そのうち静かになります」
担任である佐東未来はにこにこ笑う。そういう問題か…? と副担任の新條拓也は思ったが、やがてため息をつく。
「確かに・・・もう、こんな機会なんてないですからね」
彼らが一つのクラスとして、こうしてどこかに泊まって、ふざけあって。それも、中学校で終わりだ。
保育園からずっと同じメンバーで構成されていたこのクラスは、高校進学という分岐点へ日々着々と歩みを進めている。彼らの別れと出発の日は、近いのだ。