「晴れて良かったね」
 ふたり並んで歩道を歩く。いつもより早めの登校だ。悠輝の言葉に美空は少しだけ口端をあげた。
「まぁね」
 が、ふと美空から笑みが消える。
「美空?」
「アンタ、大丈夫なの?ずっと―――」
 人格を偽ったままで。
「気にすることはないよ」
 やっぱり、君は優しい。


そんな僕らの裏事情



 バスに揺られていた。向かう先は宿泊先の宿。
 美空は少しうんざりしていた。隣が、悠輝。何がいけないかというと・・・・・・。
 いつもふたりきりなら口を閉じているときのほうが少ないのではないかというほど話しかけてくる悠輝。それが今は全く話さない。美空はこのクールな、しゃ べらない悠輝には未だ慣れない。
 “この”悠輝の時は大抵他に誰かが近くにいて、それが朝子とかだったりするものだから、美空は朝子と話すが為に悠輝とは話さない。そういう時は大抵平良 が悠輝に話しかけ、悠輝がたまに相槌を打っているだけで、それを大抵前から、聞いていたりするのだけれど。
 けれど今朝子は当然のように平良の隣に座っているし、となれば必然的に美空の隣は悠輝だ。だが、いつもなら弾みすぎるくらい弾む会話がひとつもないとい うのは、かなり違和感がある。かといって、話しかけてやるのはなんだか癪だ。
 美空はずっと窓の外を見つめたままだった。
「美空?」
「…何」
 一瞬ドキッとした事は隠しておく。美空は窓の外を眺めた姿勢のまま、うっすらとガラス越しに映った悠輝を見つめた。
「不機嫌?」
「別に」
 “本当の”悠輝だったら、今頃ここで苦笑してまた何か会話を仕掛けてくるというのに。
「そう」
 周りから聞くとまったくもって冷たい会話だった。もっとも、周りがこの会話を聞いているわけがない。何故なら。
「美空ー。次、歌えって」
 クラスメイトである勝山夜宮がマイクを差し出してくる。だが美空は見向きもしない。
「嫌」
「うわ、即答・・・」
「えー、後歌ってないの美空と悠輝君だけだよー」
 後ろから朝子が身を乗り出してくる。静かに睨むと黙って大人しく座った。
「よくそれだけ体力あるわね」
 呆れて美空が夜宮に視線を移す。
「楽しいじゃん」
 夜宮が思い切りマイクを押し付けた。
「何がいいー?」
「どれも嫌」
「そんな歌ない」
 カラカラと笑う夜宮。さらには、こっちで決めるぞ、とまで脅す。彼はクラスのリーダー的存在だった。
「じゃあ、コレ」
「了解…っと」
 美空はそのまま夜宮から視線をはずさなかった。
「・・・美空ー?」
「―――なんでもない」
 その視線に気付いた夜宮が美空を見るが、美空は少し肩をすくめただけだった。
「始まるよー、美空」
「ハイハイ」
 そうやって歌う美空を、悠輝が複雑そうな表情で見ていた。誰も、美空さえ気付きはしなかったけれど。

「・・・機嫌悪いね、悠輝」
「―――そうかな」
「かなりね」
 平良は悠輝を見た。そしてにっこりと笑う。
「美空がそんなに心配?」
 悠輝は答えなかった。
「まぁ、いいけど」
 心配か、なんて。決まってる。当たり前だ―――。
「平良、悠輝! 風呂いこーぜ、風呂」
 隣の部屋から夜宮が顔をのぞかせた。
「だって。いこう?」
 平良がそう言って立ち上がったため、悠輝も何も話さず立ち上がった。

 その頃。
「気持ちよかったー」
 美空や朝子たちは風呂から帰ってくるところだった。
「あー! 平良君っ」
 朝子が彼らの姿を見つけてブンブンッと手を振る。
「朝子たちは、出てきたところ?」
「うんっ」
「あれ、美空は浴衣?」
 夜宮が美空を凝視する。
「楽だし」
「へー。結構似合ってるなー」
 ピクリと悠輝の眉が上がる。
「お祭のときいつも着てるでしょ」
「んー、あれはあれでいいんだけどさ、簡略化した無地ってのもまた・・・」
「夜宮、その辺にしなよ」
 平良が苦笑する。
「ある意味変な発言だし」
「いや、俺は一般論を述べたまでで・・・」
「どこが一般論よッ」
 そういう美空の頬は少し赤い。
 と、悠輝と目が合った。何故だろう。なんだか気まずくて・・・美空は彼から視線をはずした。
「―――ほら、帰るわよ、朝子」
「あ、うん! じゃあおやすみ、平良君」
「おやすみ」
 平良は朝子に意味有り気に笑う。朝子がちらりと夜宮を見る、と夜宮もにやりと笑った。そんなこととは全く別世界の美空が悠輝とすれ違った瞬間。
「―――似合ってる」
 美空がびくりと立ち止まる。だけど、悠輝は何もなかったように歩いていって。
「あれ?美空ー?」
「なんでもない。ごめん、今行く」
 朝子に声をかけられ、美空はハッとして彼女に駆け寄った。



back top next