とうとう、というのか、やっと、というのか。それは人によって違うのだろうけれど。
彼らはついに、この日を迎えた。
そんな
僕らの裏事情
心なしか誰もが緊張している。
人は人生の中で何度か卒業式というものを迎えるけれど、中学校の卒業式は一度しかない。まして彼らにとって、これは十年以上もの歳月を共にしてきた仲間
との別れを意味する。この日を境に、彼らはもう、クラスメイトには戻れない。
体育館に向かう道すがら、美空は一度だけ校舎を振り返った。教室の窓が見える。音楽室の窓も。
誰も何も言わない。なんと言っていいのかわからなかった。やばい、緊張する、なんてふざけた声も、なぜだか今日だけは聞こえない。ひどく居心地が悪かっ
たけれど、どうすることもできない。
立ちふさがる体育館。不安だけじゃない。喜びだってちゃんとあった。
そうして式は滞りなく終わりを迎えようとしていた。答辞を読んだ女生徒がその途中から涙し始めてから、誰の目にも涙が浮かんでいた。
最後の、恒例である合唱も終わって、卒業生はそのまま退場するはずだった。けれど最後の最後で、美空は声にならない声をあげた。立ち上がったのは、自分
達の抜けた吹奏楽部。
教師たちを見ても、動じている様子はない。茫然としている間に体育館の後部に楽器が用意されて。
自分達の退場する曲が、録音だったはずの音が、今そこで奏でられている。
「美空……」
合唱曲のパートの関係で、隣だった朝子が涙声を出す。
「行きましょう」
美空は震えた声でそう言って、小さく笑った。その音で、一番初めに歩きだすのは、美空。そしてその次が朝子。クラスメイト達が知っていたのかどうかは知
らないけれど、少なくともこの順番を決めたのは音楽教師。そして吹奏楽部の顧問。
本当に、ひどい人たちだ。美空は誇らしげに笑った。
体育館を出てしまったら、自然と美空の足は止まっていた。背後には、案の定泣き崩れた朝子。美空はぐっと唇を噛みしめ、深く呼吸をした。
「後で、文句言ってやらないとね」
「え……?」
「こんな不意打ち、ひどいわ」
鼻をすする音が聞こえて。朝子が小さくうんと同意する。
「ばか、お前ら、先進めよ」
誰がそう言ったのか、けれど次々に出てくるクラスメイトの誰も、本当に先に行こうとはしなかった。そうして全員がその場に揃う。
「行こう。教室に戻ろう」
しばらくして、そう言ったのは平良だった。その言葉を合図に、全員で、その場を後にした。
「美空先輩のこと、泣かせようと思って」
そういう由宇夏の方が、泣いてしまっていた。泣きじゃくる朝子や部員たちの真ん中で、美空は声を詰まらせる。
音楽室。生徒として入るのは、もうこれが最後。
「美空先輩や朝子先輩がいなかったら、この吹部はもう、なかったと思います。いっつも頼ってばっかで……っ、でも、楽しかっ……」
美空は、必死に声を繋げようとする由宇夏の肩を抱く。
「それは違う。私たちも、あんたたちも、みんなが繋げていってるの。繋げていって、これからも」
「そうだよ……っ。また、遊びに来るからねっ」
黒い筒に入った卒業証書。卒業アルバムには、自分を除く全員からの寄せ書きがある。未来と卓也から一本ずつ、二本のチューリップに、それぞれの部活から
の花や寄せ書きを持って。彼らは揃って校舎の前に立った。
「……忘れんなよ、悠輝。ここがお前の母校だからな」
「そう言われる方が心外だよ。俺は、絶対忘れない」
これから先に何が待っているのかなんてわからない。おそらくそれは、今までよりずっと厳しい世界。それは誰にとっても同じこと。けれど今までだって苦し
かったし、これからだってもう二度とこのクラスメイト達に会えないわけではない。
「たまには戻ってこいよ。約束だ。もうしたからな、破んなよ」
悠輝はただ黙って頷いた。
「同窓会も絶対参加だからね」
「連絡くれないとこっちから出向くから!」
子供だからこそ言えること。だけど子供にも分かっている、それが必ずしも可能ではないということくらい。それでも彼らは言う。まだ子供だから。そして、
心からの、切ないほどの願いだから。
離れても、離れない。
「写真撮ろうぜ!」
笑う。最後だから。最後まで。そしてまだこれから先に未来があるから。