「いっやー良い天気だねぇ」
 朝子が眩しそうに目を細めながら空を見上げる。太陽と同じくらい、朝子の笑顔は輝いていた。
「良すぎるわ。暑いったらないわよまったく……」
 隣にいる美空とは対照的に。


そんな 僕らの裏事情



「でも、中学最後の運動会が延長はともかく無くなったら嫌じゃんっ」
 唇を尖らせる朝子を一瞥し、美空はおもむろに口を開いた。
「体育館ですると思うけど」
「そうかもしれないけど、でもっ」
 反論してくる朝子にため息をつき、その声を遮る。
「はいはい、晴れてよかったわね、雨だと準備に余計に手間がかかるものね」
 麗しい笑みをおまけに付けて、美空は優しい言葉をかけてあげた。それが朝子にとってもそうであるのかはともかくとして。
 確かに雨が降れば運動場の整備から何から面倒なことは多い。運動会は晴れていたほうが良い、けれども暑すぎるのも問題だと美空は思う。
 誰か熱中症になっても知らないわよ、なんて余計なことを考えてみる。もっとも、それを悠輝や平良の前で口にすれば、他人の心配より自分の心配をしろと言 われていたのだろうが。変なところでぬけている、との理由で。ちなみに、それを朝子が口にすれば、すぐさま平手か足が飛んでくることだろう。
「美空先輩、朝子先輩!」
「これで楽器全部ですっ」
 美空たちは音楽室から今日の演奏に使う楽器や楽譜などを体育館に運び込んでいたのだ。美空たち吹奏楽部が演奏するのは入場の時と部活動紹介パレードの時 だ。朝一に楽器を運び込んでおかなければ、本番直前に四階の音楽室まで取りにいくことはできない。
「そう。忘れ物はないわね? 各自で確認して」
 美空がそう呼びかけると、いくつも声が返ってくる。思わず美空は微笑んだ。
「終わったらそれぞれの準備とか練習にいきなさいね」
 部活にばかり目を向けているわけにはいけない。今日も忙しい、とため息をついて苦笑した。

「あぁ、由宇夏。あんたちょっと待ちなさい」
「え、私ですか?」
 確認を終えて体育館から出て行こうとする由宇夏を、美空が引きとめた。同じく出て行こうとしていた朝子が振り返る。
「そうよ。朝子、あんたはいいから行きなさい」
 それに気付いた美空は朝子にそう言う。朝子は一瞬戸惑ったものの、うなづいて出て行った。
「えぇと、私、何かしました?」
「してないわよ馬鹿ね」
 体育館にはもう、美空と由宇夏しかいない。美空はやわらかく笑った。
「次の部長は、きっとあんただと思ってね」
「……まぁ、そうかなとは思いますけど」
 人数が少なければ、部長になる人間というものはおのずと限られてくるものだ。
「あんたたちはあんたたちらしくやればいい。けどね、うちの伝統だとか、受け継がれてきたもの、止めないでちょうだいね」
 由宇夏の顔が引き締まる。
「美空先輩……」
 うつむいた由宇夏の瞳が潤んでいる。美空は眉を寄せたまま口の端を持ち上げる。
「まだ、今日が終わるまでは、先輩が部長です。美空先輩が部長で、朝子先輩が副部長です」
「当たり前じゃないの。まだバトンを渡すわけにはいかないわ」
 美空は綺麗に笑った。最後だからこそ。最後まで、この二年半ほどの時間を費やして貫き通した道を歩き抜く。
「でも、今じゃなきゃ言えないかもしれないから……」
「え?」
 ささやきはうまく由宇夏にまで届くことはなかった。けれど、それでいい。顔を上げて今日の最後を迎えるためには。
「まぁ、とりあえずは今日、やりぬくわよ」
「はいっ! ついていきます!」
 まったく、と困った気持ちとそれでも嬉しいと思う気持ち。相変わらず成長のない自分に呆れるけれど、これも今日で終わりにすることを理由に許してしまお うか。
 ふと目の前に悠輝の姿がちらついて、驚く。けれどそれさえも、この不思議に高まったやわらかくて少し切ない気持ちを汚すことはない。
「なんか、いい顔してますね、先輩」
「あら、そう?」
 頼られるのは嫌いじゃない。美空は目を閉じた。開いた瞳に写る己の相棒。仲間のひとり。それは選んだ道が間違っていなかったことの、証。



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