騒がしい教室の中、ほぼ黙ったままで給
食を食べていた美空の顔がぱっと上がった。
「美空?」
前に座っていたクラスメイトが訝しげに美空を見る。
「……何でも」
そういいながら、美空の食事のペースは少し上がったのだった。
そんな
僕らの裏事情
「朝子!」
「は、はいぃっ」
机を叩かれ、朝子が身をすくませる。背後にいる美空を振り返れない。何か悪いことをしただろうか。いや、していないはず。していないと、信じたい。
「食べ終わったら音楽室!」
「は、はいっ! ……え?」
思わず間抜けな声を出して美空を振り返ったが、そこにはもう彼女の姿はない。歩きと走りの中間くらいの速さで、美空は教室の扉へと向かい、朝子が呆然と
している間に教室を出て行ってしまった。
教室が、シンと静まった。
「……朝子ー」
「はいー?」
朝子の前に座っていた麗未が真面目な顔で朝子を見た。
「……何したの?」
教室内が爆笑で埋め尽くされた。
「何もしてないってー! ……多分」
「やっぱり」
その音は近づくにつれて大きく明確になってくる。思い違いではなかったらしい。その音のする場所も。
美空は一番奥の教室の前で止まった。曇りガラスの向こうには電気がついており、時折人の声もする。美空はため息をついた。だが、顔を上げた美空の表情に
は、困ったような嬉しいような、そんな複雑な想いが表れていた。
しばらく閉められているドアの前で立っていた美空だったが、そっとその扉に手をかける。それは簡単にスライドして、廊下には一気に音が響いた。
だが、それはすぐにぴたりと止まった。
「誰?」
「美空先輩……」
それは問いかけに対する答えだったのか、本人に呼びかけたものだったのか、言った本人でさえわからなかった。
「あら、来ちゃいけなかったのかしら?」
「ち、違います! そんなわけじゃ……」
由宇夏が慌てて首を横に振ったが、音楽室には変わらず気まずい雰囲気が漂っていた。
自主練習をするのに、特別許可がいるわけではない。誰がいつ練習しようが、それはその人の勝手だ。だが、ここには美空と朝子、つまり三年生だけがそろっ
ていなかった。
美空はため息をつく。
「……音、そんなに漏れてましたか?」
ドアは閉まっていたが、窓は全て開いている。季節は秋に近いのかもしれないが、日中はまだまだ暑い。それに、運動会当日は運動場でやるのだから空間はで
きるだけ広いほうがよい。
「さぁ、他の人は気づいてなかったかもしれないけど」
音楽室と美空たちのいた三年生の教室は校舎の端と端だ。階も違う。
だが、美空は二年半以上は吹奏楽部の音に慣れ親しんでいる。敏感になっているといってもいい。まして、友人と話していた朝子とは違い、美空は黙って友人
の話に耳を傾けていた。聞こえたとしても不思議ではない。
「まるで、聞こえて欲しくなかったみたいだけど」
「それは、そういう意味じゃなくて……っ」
何をしているのだろう。
美空はぼんやりと思った。運動会はもうすぐそこまで迫ってきている。このような、仲間割れにも近いことをしている場合ではない。三年生は今回の演奏で引
退でもあるのに。
最後の演奏をこんな雰囲気のまま終わらせたくない。確かにそう思うのに、苛立ちは収まらない。抑えようとすればするほど、膨らんでいく。
「あれ、今日練習あったっけ?」
その時、美空の背後から聞きなれた声がした。
「朝子」
なんてお気楽なと美空は思ったが口には出さない。否、出そうとして口を開いたところで、やめた。
「えっと……なんかあったの?」
朝子がそう言ったからだ。さすがに場の雰囲気がよくないことに気づいたらしい。
美空がゆるゆると息を吐き出した。
「まぁいいわ。練習、しないよりするほうがいいもの」
部長の言葉に後輩たちはあからさまにほっと息をついた。状況がよくわかっていないのは朝子だけだったが、面倒だったのか聞いてくることはなかった。
美空は黙って音楽準備室からフルートを持ってきた。
「本番も食べた後なんだし、いい練習にはなるかもね」
部員たちが顔を見合わせる。まだ複雑そうではあったが、くすぐったそうに笑ってそれぞれ自分の楽器を構えた。ただ、由宇夏だけがまだ腑に落ちないと言う
表情をしていた。