「夏といえば!?」
夜宮の掛け声に。
「海ぃっ!」
皆が満面の笑みで返す。美空はさすがにこれに茶々を入れるのもかわいそうだと思ったのか、ため息をつくに留めた。
「つーわけで、泳ぐぞー!」
「・・・・・・美空、そこで本開くのってムードがた落ち」
そ
んな僕らの裏事情
「嫌よ、ちょっと、離なさいってばっ!」
「せっかく海に来たんだから泳がなきゃ駄目だよー!」
「泳ぐだけが海じゃないのよ!」
朝子に手を引かれた美空は、それでもあきらめているのだろう。半分おとなしくそれについていく。
「中学生最後の夏休みなんだぜ?皆で楽しまないと、な」
「まったく・・・仕方ないわね、アンタ達」
そう言って、美空は綺麗に微笑んだ。
「悠輝、早く来いよ!」
「―――あぁ」
何故、こんなことになっているかというと。
補習と補習の合間の休みの日。せっかくの中学生最後の夏休み・・・フル活用しない手ははたしてあるものか。もともとこの街は海が近いため、こうして泳ぎ
に来ているのだ。
自由参加、でクラスのほとんどが集まっているところが凄いというもの。単に皆遊びたいだけともいえるのだが。
そして結局美空も―――朝子が迎えに来たというのもひとつの原因だが、参加しているのだからすごいというもの。
「溺れないように気を付けてっ、朝子っ!」
芝居がかって顔をしかめてみせる麗未。
「ひどーいっ!水かけるよっ!」
バシャ、と音がして。
「かけてから“かけるよ”言うなっ!!」
仕返しは、もちろん二倍返しである。
「ぷはっ!!今本気でかけたでしょ!」
「当然!!」
腰に手を当てて言われては、がくりと肩を落とすしかない。
「私も混ぜてー!」
「あぁ!?」
バシャ。
「そんないきなりっ!?」
そんな中、美空が思い切り海岸に戻っているのに気づくものは誰もいない。
「美空」
「悠輝。泳がないの?」
開いた本もそのままに、前に立つ悠輝を見上げる美空。
「その言葉、そっくりそのまま美空に返すよ」
確かに・・・そう言われるとそうなのだが。
「海で泳ぐと髪が潮でべとべとになって、絡まるから嫌なのよ」
美空の背中まである黒髪は、確かに後からの手入れが面倒そうで。
「濡れないようにすればいいのに」
美空は視線だけで朝子たちを指した。
「―――あぁ」
あれは、濡れるなという方が無理だ。
「しかも美空は負けず嫌いだから」
「一言余計よ、馬鹿」
美空は男子達が立てたパラソルの下で、上着を羽織って座っていた。悠輝もその隣へと移動する。
「でも、皆と―――」
「悠輝。アンタね・・・それこそ、アンタが言えることじゃないわよ」
「・・・どういう意味?」
思い出すのは、あの屋上での出来事。
「知ってるのね?」
「え?」
「平良よ」
「何が?」
今まで、何となく言いそびれてしまったこと。
「アンタの二重人格」
「美空・・・っ!」
“柄にもなく”慌てる悠輝に対し、美空は平然としたものだった。
「何で私が知ってるのか? ―――悪かったわね」
「え・・・」
「屋上で。平良と二人で話してるの聞いたのよ」
悠輝の方も思い当たることがあったのだろう。何も言わない。
「―――ま。こんな風に隠されてるのは、良い気分じゃなかったけど?」
「美空」
「良かったじゃない」
美空の視線が、平良へと移る。
「アンタの事、ちゃんとわかってくれる人がいて」
「―――ごめん」
「・・・謝られるようなことは何もされてないわ」
ただね・・・と。
「謝るなら、皆にしなさいよ。こんな風に隠されてるの、良い気分じゃないと思うわ」
ずっと一緒にいたのに。遊んで、勉強して、笑ったり、泣いたり、怒ったり。そんな仲間なのに。
「・・・それでも・・・俺は怖いんだ」
ぽろりと零れ落ちた心の欠片。
「馬鹿ね」
「そうだね・・・」
「ヒトは、愚かだわ」
「・・・あぁ」
勇気は肯定しかしない。
「大丈夫よ」
遠くを見る美空に、悠輝が頷いたのがわかったのかどうか。ただ、何にしろ見て見ぬふりをするのは、美空の優しさ。
「美空ー!!」
怒ったようなクラスメイト達の声に。
「―――見つかったわね・・・」
心底悔しそうな美空。
「行こうか」
「え・・・ちょ、悠輝っ!」
手を引かれ、でもやっぱり無表情だけど。まぁいいか・・・と美空は微笑んだ。
いつか、本当の自分を見せられる日が来ればいい。それはきっと、現実になる未来だから。
夏の眩しい太陽の光を仰いだ。眩しすぎて、手のひらの隙間からこぼれる光しか見られないくらい。
「ちょっといきなり水かけるなんて・・・アンタ達良い度胸してんじゃないっ!!」