「おはよう」
「あら、おはよう、美空。早いのね?」
「今日は補習」
「えぇぇええ嘘!? お母さんご飯作ってないわよ!?」
それでは台所で一体何をしていたというのか。美空は口には出さずつっこんだ。
そ
んな僕らの裏事情
「悠輝、コンビニ寄って行っていい?」
コンビニ、といっても街中にあるような24時間体制じゃない。それでもこの地域には重要な店だ。あるのとないのではまったく違う。
「いいけど・・・なんで?」
「朝ごはん食べてないの」
「・・・補習ある事言わなかっただろ?」
悠輝がため息をついている傍で、美空はコンビニに入っていく。
「知ってると思ったから」
「・・・・・・ちゃんと食べないと倒れる」
悠輝は美空がおにぎりを一つだけ取ったのを見て、わずかに顔をしかめた。
「倒れないわよ」
ムッとして睨んでくる美空。
「大体、ちゃんと食べてるでしょ、いつもは」
「休日になったら朝ご飯も昼ご飯も食べない人の言うことかな?」
小さな声でささやかれる。知っていたのか。そういう目で彼を見ると、目が当然だと返してきた。
そのままたった一つのおにぎりをカウンターに持っていく。
「美空」
「…朝は食べられないの。今日はお昼までだし」
美空がチラッと悠輝を見ると、明らかに怒った顔をしていた。
「わかったわよ」
悠輝にその場を任せ、もうひとつおにぎりをとってくる。カウンターへ向かいながら美空はため息をついた。やはり、この悠輝は苦手だ。
「あ、やっぱり美空と悠輝君だっ!」
「・・・・・・今日は厄日決定」
深々とため息をつく美空をさり気に無視し、おはよう、と挨拶するのは、自らの親友・朝子だった。
「あら、アンタ今日一人?」
ふと気付けば彼女といつも一緒にいる彼の姿が無い。
「え、うん。平良君、先行くって」
「・・・・・・とうとう捨てられた?」
「ヒドイよッ?!」
「まぁ、冗談だけど」
そんな会話をしている間に会計を済ませ、コンビニを出る。夏の太陽はすでに高くて、素肌が痛いくらいだ。
「あーあ、中学校生活最後の夏休みがこれってひどいよねー」
朝子の言う“これ”、とはもちろん補習のことだ。
「仕方ないでしょ。来年の夏を楽しく過ごすためだと思いなさい」
「あぁっもうっ!どうして試験なんてあるのーっ?!」
「うるっさいわね、叫ぶんなら海でも山でもどこか人の迷惑にならないところに行きなさいっ!」
朝の街中で叫ぶなど、まったくもって近所迷惑というやつである。
「はよ、悠輝、美空、朝子。朝から元気だなー。悠輝はともかく」
「あらおはよう、夜宮。そっちこそ朝から失礼ね?」
「うわ、やられた・・・そう来たか!」
芝居がかって顔をしかめる夜宮。彼は家が遠いため自転車通学だった。
軽々と自転車から飛び降り、三人の横に着く。早朝の旧道は車通りも少ないため、少々広がって歩いても大丈夫なのだ。
「しっかし暑いなー。誰かどうにかしろよこの暑さ! しかもまだ朝だぞっ」
うんうん、と朝子はうなづくが、美空はそうはいかない。
「出来たら苦労しないわよ」
そう、冷たい答えを返したのだった。
「うわ、寒くなってきたかも」
「いちいち失礼なのよアンタッ!」
まったくもって、いつもの朝だった。
「あー、サボりてーッ!皆でストライキ起こさねぇ?んで海でもいこーぜ」
つまり、集団でサボろうといっているわけだ。もちろん冗談だが。この人たちならやりかねないのが恐ろしい。
「馬鹿言ってなさい」
「美空真面目だなー」
教室はだらけた空気に支配されていた。
「つーかさ、この頑張ってる受験生に扇風機の一つも無しってどういうこと!?」
「貧乏だもんねぇ、この学校」
「こら。それがお前らの母校に対する言葉か」
ガラガラッと教室のドアが開き、入ってきた拓也に、生徒達が一斉にそちらを向く。
「センセー遅いッスよ」
「俺ら待ちくたびれてすでにやる気無し」
「じゃあ出せ」
さらっと聞き流した拓也に、しぶしぶ顔を上げる生徒達。
「お前らがこの夏頑張ったらなんか奢ってやるよ」
ニヤ、と笑ってみせると、急にガバッと起き上がる気配。
「センセーんなこと言って良いんですか? 金無いんじゃない?」
「じゃあ卒業した時まで延ばすか?」
拓也がそういうと、一部を除いた生徒たちが慌て始めた。
「うわぁ横暴!」
「すいませんいらないこと言いました!」
「わかった、わかったから教科書開け」
拓也は苦笑して勉強を促す。要するに上手く乗せられているわけなのだが。
とはいえ、その“乗せられている”ことは彼らも重々承知の上で行動しているので、そこはお互い様。
「仕方ねぇなぁ、やるかぁ」
「仕方ないとは何だ仕方ないとは」
ガシガシと頭を掻いてため息をつく拓也に笑い出す生徒達。全くもって授業は進まないのだが、それはとても楽しい時間なのだ。