「お祭ー!!」
「あーはいはい」
 美空は頭が痛いとばかりに顔をしかめた。


そ んな僕らの裏事情



「えーと、今日は・・・」
 午前中は部活、午後から楽器を運んで夕方に演奏。片づけが終わったらフリー。
 美空は手帳をパタンと閉じた。
「いってきます」
「がんばってねー」
 母親が楽しそうに手を振ってきたので、とりあえず振り返した。
 夏祭り。何故かそのイベントの中に吹奏楽部の演奏がある。今年も忙しくなりそうだ。
「・・・・・・暑いわ」
 今日も晴天。

 そして、楽器を運び終え、一同は学校に戻ってきていた。
「美空せんぱぁいっ」
 泣きついてくる由宇夏を見て、美空はため息をついた。
「貴女家近いでしょう」
「今年こそは自分で着ようと思ったんですよー!」
 でもうまくいかなくて・・・とため息をつく由宇夏。その手には桃色地に白い雪うさぎの模様の入った浴衣。これも毎年恒例で、演奏は浴衣で、ということに なっていた。
「ほら、ここでしっかり手で引き上げておくのよ」
 自分の着替えも終わっていないというのに、美空は他の部員達の着替えを手伝っていた。今まで一度家に帰って着付けていていたのだが、美空が学校で着替え るということを聞き、これ幸いとばかりに家の遠い部員達が着付けてもらおうとしたのが事の発端。
 これも今年で三回目、だがそれも終わりそうだ。何せ着付けられるのが美空だけという状況なのだから。
「えぇと、こうですか?」
「そうそう」
 とはいえ、時間はたっぷりある。
 美空も他の人のものを着付けて上げられるほど上手なわけではないと思っているのだが、頼まれたら嫌とは言えない性格ゆえ、こうして三年間いろいろな人の 浴衣を着付けてきたというわけだ。
「やっぱりすごいですねぇ、美空先輩」
「何が」
 部員全員分を着付け終わった美空は、自分の着付けに取り掛かっている。
「浴衣なんて普通着られませんよ、ひとりでなんて」
「小さい頃からやらされてるだけよ」
 もともと美空の母親が着付けが上手だったところを、美空も小さい頃から着方を教わっていたのだった。
 深い藍色に薄桃色の桜を散らした浴衣。
「先輩、もしかしてそれ去年のと違います?」
「・・・そうなのよ」
 美空はため息をついた。
「母方の祖母がね、送ってくるのよ、毎年」
「そうなんですか・・・」
 とはいえ、その祖母とは小さい時に会ったきりなのだが。だからこそ、送ってくるのかもしれない。

「では、吹奏楽部の皆さんに演奏してもらいます。曲は―――」
 夕方になり、今日のこの忙しさの原因とも言える、演奏。これで、最後。このお祭でこうして演奏するのも最後なのだ・・・。
 去年はこんなことなど考えていなかった。一つ上の先輩達が“最後の演奏”になることなど、考えてもみなかった。自分のことで精一杯。
 ちらりと前を見た。にこにこと、自分達を見守ってくれている先輩方。
 カン、カン、カン、カンとドラムの合図が聞こえた。息を吸う。
 誰も気付いていなくていい。同じ“最後”である朝子でさえ気付いていないかもしれない。それでもいい。誰かに気を使われたくなんてない。
 だから、せめて自分の“精一杯”を表せたらいい。
 悠輝と目が合った。顔は微笑んでいないけれど、その瞳は微笑んでいる。
 音楽が鳴り始めた。

「お疲れさん」
「夜宮・・・」
 ポン、と肩を叩いてきたのはクラスメイトである夜宮で。地域のお祭に来ていないほうがおかしいといえばおかしいが、来ていたのか・・・という気になる。
「最後だな」
「え?」
「いや、ここで美空の演奏聞くの、最後だろ?」
 美空は驚いて夜宮の顔をまじまじと見つめた。
「・・・なんだよ?」
「そんな事考える人間がいたなんて・・・って驚いただけよ?」
 クスクスと笑い声が漏れる。
「どうせ女々しいよ・・・」
「あら、そんな事一言も言ってないわよ?―――ありがとう」
「・・・あぁ」
 くすぐったそうに笑う夜宮がめずらしい。
「もう、やることないんだろ?片付け終わったら来いよ、皆集まってるから」
 あ、朝子つれて来いよ、と付けたして走っていく。
「ちょ・・・来いよって・・・どこによ!?」
 だが夜宮にはもう聞こえていない様子で。美空はため息をついた。



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