「お疲れ様」
 いきなり投げられたタオルに驚きもせず、それをつかむ。
「今日は調子がいいね、悠輝」


そんな 僕らの裏事情



「よし、高峰、代われ」
「はい」
 隣に座っていた平良がいなくなり、悠輝はふとその音に耳を澄ませた。
 音の違いなんてわからない。違う楽器であっても、それが何の楽器の音であるかなんてわからない。
 だけど、その音だけ。美空の音だけ、区別ができる。家でも練習している彼女だから、その音だけはいつも近くで聞いていた。滑らかなすべるような音。
 演奏しているときの彼女は、とても楽しそうで。その集中力は、自分の存在さえ消してしまう。演奏しているときの彼女の全てはその音だけだった。
 悠輝は心の中だけで微笑んだ。
「大鳥、お前も入れ」
「―――はい」
 スポーツをしていると、全てを忘れられた。

 いつも美空は部活が終わった後も残って練習をしている。家だと夜は迷惑になるから・・・だという。
 そんな美空を、悠輝はいつも校門の前で待っていた。
『先に帰っていてもいいのよ』
 そういう美空を押し切って、待っているのは自分のほうだ。真っ暗になっても帰る気配のない美空を置いてなどいけない。
「じゃあ、また明日、悠輝」
「あぁ、また明日」
「じゃあねー」
 手を振ってくる朝子に、小さく手を振り返す。美空は当分出てこないだろう。暇つぶしに・・・と持ってきている本を出すため、うつむいていると。
 パシ。
「・・・美空?」
 ファイルで頭を叩かれ、顔を上げる。その顔を見なくても、誰かなんてすぐにわかる。
「あら、よくわかったわね」
 そりゃあ、君以外にこんなことする人はいないからね、と心の中でつぶやき。
「帰るわよ」
 先に立ってスタスタと歩き始めた美空を慌てて追う。
「早いね」
「大会も終わったし・・・先生方に迷惑はかけられないでしょ」
 ふいっと顔をそむける美空。何となく釈然としない答えだったが、黙っておいた。
 まだ、人通りが多い。話すのがためらわれた・・・というほうが正しいだろうか。

「で、どういう風の吹き回し?」
「何が」
「今までの美空だったら、たとえ大会が終わっても残ってたじゃないか」
 今日も悠輝は美空の部屋にいた。
「まぁ・・・ちょっと、思い出すのよ」
 大会のことを。
「そっか・・・・・・」
 聞いたのは悪かったかな・・・と言う顔をする悠輝に、美空は言いつくろうように言葉を連ねる。
「次。アンタね」
「何が?」
「総体」
「―――あぁ。そうだね」
 悠輝はクスリと笑った。言わなければ気付かなかったのに。それではわざわざ自分から白状しているようなものだ。
「ありがとう」
「何がよ」
「総体、覚えていてくれたんだ」
「当たり前でしょ」
 気付いていないふりをしていてあげる。自分の大会が近いから、自分の練習をやめて帰ろう、と言ってくれたこと。
 本当に美空らしいやり方。これでからかってもいいけれど、きっと彼女は困るから。
「見に来てくれるんだよね?」
「さぁ。でも、朝子が行くって言ってるし。ついでに行ってもいいかもね」
「ありがとう」
 ついで、なんて全然思ってないくせに。嫌なら嫌なことはしない美空なのだから。



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