3. 恋の敵

「あの……松ヶ竹先生?」
 職員室。あたしは教科書を持って松ヶ竹先生を探していた。
「はい。なんですか? ええと……三組の雪村さん?」
「は、はいっ! そうです!」
 うわぁ、名前覚えてくれてるんだ! やばい、嬉しいんだけど。
「入学式の日の子だよね?」
 って、はう。そっちですか。覚えられていましたか。名前もそっちからかな……だろうな……。本当なにやってたんだよ、あの時のあたし! っていい人探し だけど! しかもそんな人いなかったしね! 踏んだり蹴ったりじゃんっ。
 うー。覚えててもらえたのは嬉しいけど! だけど、ねぇ。嫌な思い出だよぉっ。
「はい。そーです」
 けど事実だし、認めるしかない。あぁ切ない。
「たいした怪我してなくてよかったね」
「ありがとうございます」
 あーやっぱりやさしいなぁ・・・じゃなくて! 今日はその確認しに来たんじゃないんだって!
「先生!」
「はい!」
 わ、ちょっと大きな声出しすぎたかなっ。先生もびっくりしてるし、うわぁ、あの先生睨んでんじゃんっ! まさかまた変に顔覚えられないよねぇ? あぁ、 軽くトラウマだ……。自分のせいだけどさぁ、そりゃあ。
「ここ、教えてください……」
 顔が赤くなってる気がする。恥ずかしいよー!
「いいですよ。数学準備室でいいですか?」
 彼は、そう言って微笑んだ。そっか、いつもは数学準備室にいるんだ……。
 それにしても、いい笑顔。なんで、センセイなのかなぁ……。
 胸が、痛い。本当に、スキ? 好きなの、あたし。この人のこと。
『コイノヤマイって言うんだよ』
『これは、諦めたほうがいいと思う』
 つばさぁ。
 なんか、なんか。矛盾してるって、思わない?

「松ヶ竹先生」
 ふわり、とバックに花を飛ばしているような、そんな、センセイ。
 誰だろう。
「あ、柏木先生?」
「わ、もしかして邪魔しました?」
 二人の声がかぶる。
「あ、いえいえ。大丈夫ですよ」
「ごめんね、えと、勉強してたんだよね?」
 申し訳なさそうに私に視線を向けてくる、その先生。柏木、先生?
「あ、いえ、私も無理言って教えてもらっていたようなものなので! 先生こそ、用があるなら、あたし……」
「んーっとね、この書類渡しに来ただけだから、大丈夫」
 本当に先生かと疑ってしまうような、ほんわかした人。というより、こんな大人本当にいるんだ。
「あ、ありがとうございます」
 松ヶ竹先生が笑顔でそれを受け取る。
「じゃあ、私これで失礼しますねー」
 バイバイ、と手を振って……センセー、かわい……。
「柏木、先生?」
「よく聞いてましたね」
 はいもちろん先生のおっしゃることなら一字一句聞き逃さず聞いてます! 数学はわかりませんけど!
「可愛い人だよね」
 うわ、センセー、その言葉ちょっとズキッと……。って待て待て、あたし。何か間違ってる。間違ってるよ。
「天然さん、みたいな」
「いや、みたいな、じゃなくてそーだと思いますよ?」
 何ですか、松ヶ竹先生も天然ですか? うん、ちょっとそれっぽい……。
「うん、確かに」
 クスクスって先生が笑って。やだ、うわぁ、何だろう。
「せ、先生! あたし、ちょっとこれから用事があって! 失礼しますっ!」
 私は先生の返事も聞かずにノートや文房具をかき集めて部屋を出た。
「え……あ、雪村さん?!」

 わーわーわーわー!
 うわ、重症かも。どーしよ。あの笑顔。頭から離れないよ……!
「廊下は走っちゃ駄目ですよー」
「ぇっ? は、はいっ!」
「あれ? さっきの……」
 いえいえそちらこそ。どこかで聞いたような声だと思ったら。
「柏木先生……」
「あれ? あたし名乗りましたっけ?」
 きょとん、と首を傾げる柏木先生。やっぱり可愛い。
「あ、松ヶ竹先生に聞いたんです」
「松ヶ竹先生に……」
 天使みたいな白い頬が少し赤い。
「そっか」
 先生は、飛び切りの笑顔でそう言った。
 もしかして。気付きたくないけれど。
「先生って……」
「はい?」
 やばい、声に出てたっ?
「いえ、なんでもないです。ただ……あの、天然さんだなーって」
「……よく言われます」
 困ったような笑顔まで可愛らしい。
 ……勝てないなぁ。
 勝負していないのに、勝負なんてしてはいけません、とか言って普通に“勝ち”を持って行ってしまう様な人。……我ながらわけわかんない。
「センセー。あたし、雪村杞優っていいます。覚えておいてくださいね」
「はい」
 返事を聞くなり、あたしはくるりと踵を返した。
 センセー。わかってないみたいだけど、宣戦布告だからね、これは!
 ……って、あれ? 何やってんだ、あたし。宣戦布告? ……うんっ?

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