2. 恋の病

 うわぁ、次数学だ……なんて。かなり落ち込んでいたあたし。だって数学なんて地球上で一番大嫌い!
「あー、サボりたい」
「初っ端からそれじゃあ、目、つけられるよ?」
 ……さすがはつばさ。よくお分かりで。けどさぁ、考えれば考えるほど嫌だ……。
「ねむいぃ」
 ガラガラと戸が開いて、先生が入ってきたらしい。だけど私は机にうつ伏したまま。
 早く終わんないかなぁ。まだ始まってもないけどさぁ。
「きりーつ」
 あぁ、ダルイなぁ。しぶしぶながら立ち上がる。
 ってえぇっ!
「れーい」
 皆が頭を下げたので、つられて私も頭を下げる。
 いやいや、そんな場合じゃないでしょう! ってそれはあたしだけか! あたしだけだろうけど!
 うわぁんっつばさっ! 助けて……って言いたいけど、つばさとは席が離れてるんだよぅっ!
 どうすればいいんだろう、大パニックだ……。だって、その数学の先生は。
「松ヶ竹眞也といいます。君たちの数学を担当します。よろしく」
 にっこりって笑ってるあの先生は。
(あ、あの時の……!)
 そう、あの忘れもしない入学式の日。きょろきょろしていたあたしがぶつかってしまった、あの人。
 ……あぁ、数学好きになれそう。なんて、現金なあたし。
「中学のときより難しくなると思うけど、僕もわかりやすい授業を心掛けるから、わからないことがあったらいつでも聞いてくださいね」
 はいもちろん聞きにいきますとも! 残念なことに全然わからないだろうし。ちょっと空しいけど、この際いいやっ!

「松ヶ竹先生ってさ、優しそうだよねーっ」
 近くの女子が話してる。
 やだ、なんだろ……? ドキドキする。すごい気になる。あの会話。
 何で? 何でだろ? そんなの……。
「杞優」
 いや、違う。うん、ありえない。よーし大丈夫!
「きーゆーう!!」
「え?!あ、つばさ?」
 いつの間にか、あたしの目の前にはつばさが立っていた。いつの間に来たんだろ。そういえば、ちょっと前にも呼びかけられたような……。
「何ボケーっとしてんのよ」
「いや、別に」
 ボケーっと……してたかな? いや、してた気がする。うん、確かに。
「あんたさぁ」
「へ?」
 困ったような心配そうな顔のつばさ。……何で? 何でそんな顔……。
「気をつけなよ?」
「……何に?」
 はぁ、とつばさがため息をつく。
「本気でわかってないのかわざとなのか知らないけどさ。センセのことだよ」
「……っ!」
 やばい。顔が熱い。自分でもわかるっ。
「ほら、ね。“先生”ってだけで、あの人のことが頭に浮かぶんでしょ」
 そうだよ。先生なんて、この学校内にはたくさんいる。なのに、どうして? どうしてあたしは、ひとりしか思い浮かべられないの?
「何か、悪いの?」
 開き直ってんじゃない、って頭を人差し指で押されて。
 嫌だ。あたしは認めない。
「本気にならないほうが身のためよ」
 本気。ホンキ。
「べっ……別に本気だなんて!」
「馬鹿、声が大きい」
 一瞬静まった教室も、次の瞬間にはざわめきを取り戻していた。
 本気。本気で、好きになる? あの先生を?
「ほら。自覚あるのかどうか知らないけど。そーいう反応、どういうか知ってる?」
「え……?」
「コイノヤマイって言うんだよ」
「こ、恋の病……?」
 違う。そんなこと。
 あるはずない。あるはず、ないのに。違う。違う。だって。だっ、て……?
「違う、よ」
「恋愛経験者の言うことは素直に信じなさい」
 でも、とつばさは続ける。ぎゅっと眉根を寄せて。つばさは、優しいから。
「これは、諦めたほうがいいと思う」
 そうだよ。だって、彼は。センセイ、なんだから。

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