歌え、舞え。
天を、地を癒す歌よ―――…。
W.天使の輪舞曲 〜Angel Rondo〜
「で、結局来ていると……」
いつもの強い意思はどうした、自分、なんて問いかけても来てしまったものは仕方がない。
「ねぇ、リヴァ。どうして地上ばかり見ていたの?」
咲き乱れる花。流れ落ちる水。匂いたつ風。木々からあふれ出す光。豊かな大地。こんなにも美しい。
なのに、何故。
「わかんない。だけどきっと―――温かいからかな」
「温かい?」
「うん、人のココロが」
「どこが?」
憎しみや悲しみにあふれ、それは戦となり、人が死に、それはまた憎しみや悲しみを生む。
「でも、あったかいよ」
人は決して、憎悪の心だけをもっているわけではない。
「リヴァ、レナに会えてよかったもん」
「……そう。―――ありがとう」
薄く染まった頬。リヴァは微笑んだ。
だけど、それだけではなかったのかもしれない。
本当に自分がマルティーヌの生まれ変わりなのなら……ずっと彼を想い続け、地上にまで降りた彼女の心が、彼と結ばれたその場所を愛しく思っていたのかも
しれない。己の子孫が生きるその場所を。
「リヴァ、レナ。ミディアーシャ様がお呼びだ」
クロスの声がして、ふたりはハッと顔を強張らせる。とくんとくんと鼓動が高くなっていく。リヴァはレナの手を握った。
ミディアーシャ、現在の天界の女王。
「―――大丈夫」
レナは微笑んだ。そして優しくその手を握り返す。
「だって…ッ」
リヴァは揺れる瞳をレナに向けた。緊張でどうにかなってしまいそうだ。
リヴァは女王に会った事がない。あるといっても、遠くから見たことがあるだけ。
「取って食ったりはしないわよ」
「……食べられるのは…嫌だなぁ……」
レナが笑い出す。リヴァはわけのわからないまま、それでもつられて笑い出した。
「―――いこっか」
「…うん」
歩き出した二人。クロスは壁に身を預けたまま微笑んだ。
この身に少しだけ残っている想い。瞳を閉じた。あぁ、こんなに似ているのに、どうして全然違うのだろう。
「戻ってきたのか。マキャルフスト」
『もう、必要はないだろう』
もうすぐだ。解き放たれるときも近い。
「貴女方を呼んだのは他でもありません。リヴァ、わかりますか、今の天と地の状態が」
「え…と……」
「大丈夫、わからなくて当然です。ですが、チカラの強いものにはわかります。―――リヴァレツィア、恐れずに全てを受け入れなさい」
ミディアーシャはリヴァを見た。リヴァは何かに怯えた様子でミディアーシャを見返す。
「リヴァ・・・レツィア・・・・・・?」
「そう。リヴァの真の名です。私達天使は名前にチカラを持ちます」
不思議そうにつぶやいたレナの言葉を、ミディアーシャはちゃんと聞いてた。
「だから、めったにその真の名を名乗らないのです。相手にそのチカラをさらけ出すも同然ですから」
ただ王という立場のものだけが、そのチカラを持続させなくてはならないがために、真の名を名乗る。
「そして―――貴女の真の名はレナーシャリア」
「あたしにまで…?」
どきっとする、というより、ぎょっとした。やはり心のどこかで、自分は人間だと―――天使とは関係ないと思っていたのかも、しれない。もう、戻れないの
かも…レナはそう、恐怖を感じた。
「貴女は特別な人です、レナーシャリア。貴女はマルティーヌとマキャルフストの子供達の中で一番マルティーヌに近い」
その、チカラが。
「でも、あたしの名前をつけたのは、あたしの親です! あたしの両親は…そんな、天使とか、そんな事一言も」
「そうです…あなたの名前は紛れもなくご両親のつけられたもの。あなたの麗那という名前は、なるべくしてそう付けられた、必然なのです」
レナは麗那という名前の中に真の名を生み出した。誰よりも強い天使のチカラが、レナにその必然を辿らせた。その瞬間から、レナは天使の力を内に込めたの
だ。
「さぁ、リヴァレツィア。己を偽らずに見て御覧なさい。この天と地を」
リヴァの羽が大きく開いた。
それに反応するように、レナは己の中に何かいつもと違うものを感じた。胸の内側から外側へと広がっていく、何か。
体中から光がはじけたかのようだった。
「…レナっ」
「え……?」
真っ白な。
「羽……」
「嘘……」
リヴァとレナがほぼ同時につぶやいた。
「これもまた、必然です。貴女方は違う者であり、そして同じ血を持つ者。何より、同じチカラを持つ者なのですから」
そしてミディアーシャは二人を見た。
「リヴァ、レナ。貴女達は今、何を見ましたか」
その翼が開く前―――瞳の奥に飛び込んできた光景。
天が、地が。揺れている―――……。
「今、天地は病んでいます。それを癒すことができるのは、とても強い力を持つ者だけ」
そして、それは現女王のミディアーシャでさえも叶わない。
「ただひとり、それのできる者がいるのです。それが―――マルティーヌなのです」
「でも!マルティーヌってもういない…」
「その代わりに、貴女方がいる―――」
リヴァ、レナ一人一人では全然かなわないチカラでも、力をあわせればそれは元のチカラに近くなる―――…。
天よ 地よ
我等を統べし者よ
その気高き御霊よ
天が生まれし時 地が生まれ
地が生まれし時 天が生まれ
我等の元に降り立ちし 神という名のこの世界よ
身体が勝手に動いていく
声が勝手に歌を紡いでいく
魂一つがこの世を泳いでいるかのよう
瞳を閉じた
あぁ、世界が見える
天が、地が、息を吹き返す―――
『マキヤ』
「マルタ……。遅くなって、ごめんな」
* * * ◆◇◆ * * *
「あーぁ、何だったのかしら」
空が高い。太陽がきらきら眩しくて、手をかざした。
あの日に似た天候だった。
あの日、天使が落ちてきた。
「元気にしてるのかしら・・・」
自分が天使の子孫だと言われ、その先祖の天使の生まれ変わりだという天使と天地を癒した―――……。
「って、どこが変わってるのかわからないんだけどね……」
『本当だねぇ』
リヴァの声が聞こえたような気がした。
「レナーっ!」
「……あぁ、幻聴が……」
頭が痛い。けど、なんだか笑えてきた。
「わぁあああああああああっ」
「って、また?」
あぁ、お約束……。
「だから、翼を使え」
「……あれ?」
リヴァの身体が宙吊りになっている。支えているのはクロス。
「一緒に来たの?」
「何をしでかすかわからないだろう」
「……確かに」
レナはふと天界から帰る前の、あの出来事を思い出していた。
「次の女王に、あなたを指名しようと思っています、リヴァレツィア」
「えぇぇ? 無理です!」
ミディアーシャの言葉に、リヴァは戸惑うばかり。
「だって…リヴァは一人じゃ何にもできないし…。女王なんて、合わないし…」
ミディアーシャはふと微笑んだ。そして、リヴァとレナの後ろに控えるクロスに視線を向けた。
「クロスタリア、貴方はどう思います?」
「…彼女なら、うまくやるとは思いますが?」
とたんにミディアーシャが笑い出す。
「ミディアーシャ様?」
何がおかしいのかわからない三人…特にクロスなどは怪訝としている。
「あなた方は本当にマキャルフストとマルティーヌにそっくりね」
「どういうことですか?」
訊ねたのはレナだった。
「リヴァレツィアがマルティーヌの生まれ変わりなら、マキャルフストの生まれ変わりはクロスタリアなのですよ」
リヴァとレナがその言葉を理解するのに約3分。
「生まれ変わりというより、依り代といったほうが適切かと」
「そうね、マキャルフストの魂は未だ存在していたのですものね」
くすくす、笑ってミディアーシャはクロスを見ている。
「マルティーヌ様がお迎えに来たようですが」
「あら、そうなの」
「…話が見えません」
かろうじてレナが口を挟んだ。リヴァに至っては半分魂が抜けている。
「話すと長くなるのだけれど……」
堕天使の魂は、天使よりも数百年消えるまでの時間が長い。
堕天使となってしまったマキャルフストはマルティーヌの魂が滅びた後、自らその身を滅ぼし、魂だけの状態で“生きて”いた。
その後、マキャルフストはその“身体”の生まれ変わりである“クロスタリア”を見出したのだった。
「マキャルフスト……マキヤ……?」
レナがつぶやいた。自分を助けてくれた、黒羽の。思えばどこか、目の前のクロスに似ている。
「そうだ」
「…え? マキヤってマキャルフスト……?」
「そうだ」
唖然とするリヴァ。
まさか、自分の別の人格だと思っていた“彼”がマキャルフスト本人だとは、思いもしなかっただろう。
一時クロスタリアに宿っていたマキヤの魂は、マルティーヌの生まれ変わりであるリヴァを見つけた瞬間から彼女に宿った。それは、マルティーヌの大きすぎ
るチカラがリヴァには大きな負担となることを悟ったからだった。故に、マキヤはリヴァを守るために、そのチカラを封じた。
しかし、チカラを封じるということはリヴァが危険にさらされる可能性が高い。
「マキャルフストはリヴァの力を封じ、同時に守ることで、残りの魂の時間をすごした」
「…じゃあ、マキヤは……」
「マルティーヌが迎えに来た」
それは、同時にリヴァが元のチカラを取り戻したことになる。
「もう…いないんだ……」
リヴァは自分の胸に手を押し当ててみた。
いるのかいないのか、なんてわからないし、実感などわかないけれど。
「ところで、次の王の話ですが」
ミディアーシャが悪戯っぽく笑った。
「本当に、リヴァがなってもよいのですか、クロス?」
クロスが視線を逸らした。
「…あぁ、なるほど」
「えぇ! 何?」
「さー? 私が言っていいことじゃないしね?」
レナは振り返ってクロスを見た。
「リヴァが女王になったら、堕天使になっちゃうかもしれないし?」
クロスは額に手をやった。
「え? 何で?」
鈍感だ。それがリヴァらしいといえばそうだが、まったくそんな様子を見せもしないクロスもクロスだ。
「さ、あたしそろそろ帰ろうかなぁ」
「レナーっ何ー?」
「クロスに聞いてみれば?」
楽しそうな笑顔でクロスを流し見る。仕方がないからきっかけを作ってあげましょう。保護者の気分だ、そう思ってレナはひとりくすくすと笑った。
「クロスーっ」
「っ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ出す三人に、ミディアーシャは微笑んだ。
「リヴァは王にはならないほうが良いようですね」
そして、その視線はリヴァに向いていく。
「リヴァ、貴女は十分王としてやっていけるでしょう。貴女にはチカラがないわけではない」
全ての者は無限の可能性を持つのです。それを忘れてはいけません。決して自分を悲観せず、最期まで自分を見失わないで自信を持って生きなさい。それが何
にも勝るチカラとなるでしょう。
貴女の未来は、貴女自身でしか開くことができないのです。私は貴女がそれを立派にやってのけられると信じています―――。