君は、今何を考えているのだろう。
そして自分は、今何を考えているのだろう。
V.天使の夜想曲 〜Angel Nocturne〜
レナとリヴァは公園の中にいた。だんだん暗くなっていく空。人がいなくなっていく。
「…ところで、結局どうやってきたの?ここに」
「んー…いつの間にか」
レナは知らず知らずのうちにリヴァの頭を叩いていた。
「ほ、本当なのに……!!」
いかにも心外、といった表情のリヴァ。
「冗談はともかく」
「冗談じゃないもん!!」
天界からこの地上を見ていた。続く争い―――壊れていく自然―――憎しみ合い、悲しみがあふれ……なのに。
なのに、どうしてこんなに懐かしいのだろう。どうして―――こんなに温かいと感じるのだろう。
自分の中に住むもう一人が、堕天使だから? いや、むしろ―――自分が堕天使なのか?
気がつけば、“落ちていた”。
「落ちていた…?」
「うん……」
半信半疑に問うと、ひどく気まずそうにリヴァがうなづいた。
「アンタ天使よね?」
「うん」
「羽があるのよね?」
「…うん」
一コンマあけ、リヴァがうなづく。
「何で飛ばないの?」
「……考えませんでした」
リヴァがレナから視線を逸らした。さすがに今回ばかりは自分の失態に気付いているらしい。
「……マキヤは?」
「……出てこなかった……」
呆れたというか、なんというか。これで本当に天使なのだろうか。
と、レナは気がついた。いつの間にか“天使”という存在を信じ―――いや、当たり前のものとして受け入れている自分がいる。
「レナ……? お、怒ってる…?」
恐る恐るリヴァが声をかけてきた。急に黙ってしまったレナを不審に思ったのだろう。
「怒ってない。…呆れてはいるけど」
「う……で、でも! レナだって、私が見えるじゃない…」
そうだ。あまり認めたくなかったが、ここ数日でわかったことがある。リヴァは、自分以外の人間には見えない。
それがどういうことを意味するのかレナにはわかりようもなかったし、正直なところあまり深く考えたくなかった。
レナは黙ってリヴァに手を伸ばしてみた。確かに触れているという感触はあって。
何か言わなければ、そう思って口を開いた、けれどそういう時に限って何も言葉は出てこなくて―――ふと、何かを感じて空を見上げた。つられてリヴァも空
を見た。
「……羽?」
あぁ、どこか出会ったような光景。
「あーっ!」
リヴァが叫んだ。降りてくる、人影。
「…知り合い?」
「うん」
ということは。
「……また?」
また、天使が降りてきた。しかも、ちゃんと着地している。
「久しぶりだな、リヴァ」
「クロスーっ」
リヴァにふっと温かい目を向け、クロスと呼ばれた彼はレナを見る。
「それから、リヴァが世話になっているようだな。レナ・テンウ」
「……なんで私の名前を?」
「後で話そう。私の名はクロス。リヴァ、それからレナ、お前達を迎えに来た」
迎えに来た。どこに? つまりは、天界に。つまり―――。
あぁ、なるほど。どうやら私はもうすぐ死ぬことになってたんだ……。だから、リヴァも見え……
「……ってそんなわけないでしょっ!」
「な、何……?」
「何か勘違いしているようだが…とりあえず落ち着け」
説明する、とクロスはつぶやいた。
「レナ、何故リヴァが見えるのか…それどころか、何故お前のところに降りて…いや、落ちてきたのか不思議ではないか?」
どうやら彼は一部始終を見ていたらしい。だったら助けてやれよと思ったが、落下速度には叶わないのかもしれないと思って言うのはやめた。
「そりゃあ…不思議だけど…」
「…いざ話すとなると……何から話せばよいのかわからないものだな…」
ふと苦笑して。
「始まりから話そう。リヴァとレナの関係から…」
そもそも地上と天界の時間の進む速さは違うから、どれほど前とは言えない。
「天界の現女王―――ミディアーシャ様から、5代ほど前…その時も女王だった」
その女王の名をマルティーヌといった。マルティーヌといえば天界では知らぬ者はないさえと言われる、伝説の天使だった。
伝説となったのはそのチカラが強かったためだけではない。マルティーヌは女王となった後、騎士天使であるマキャルフストと出会ったのだ。
「マキャルフスト…?」
「そうだ。二人は人目で恋に落ちた。だが―――」
それは許されないことだった。王となったものは、決して誰とも結ばれることはない。
だが、二人はそれでもその胸の内にくすぶる想いを抑え切れなかった。
「それは禁忌だ。女王であるマルティーヌはともかく、マキャルフストは当然ながら―――堕天使となった」
処刑されそうになったマキャルフストを助けようとしたのは、他でもないマルティーヌで。
『殺さないで! 私の愛する人を、殺さないで!!』
結局、マキャルフストは地上に堕とされた。
だが、マキャルフストはマルティーヌを忘れたわけではないし、それはマルティーヌも同じだった。マキャルフストは天を見上げ、マルティーヌは地上を見下
ろして長い時間を過ごした。
「それで…どうなったの……?」
「降りたんだよ。地上に」
リヴァが言う、その瞳は何故か暗い。感動的な話、ではないのか。
「降りた?」
「うん。マキャルフストに会うために、地上に降りたんだよ」
さすがにそこまでするとは思わなかったのだろう。他の天使たちは驚いたが―――同時に哀れむ声があり…マルティーヌは人間として地上で暮らすことを許さ
れたのだった。
「で、その話が一体何の関係が?」
「そのマキャルフストとマルティーヌの子孫がお前だ、レナ」
「……私っ?」
つまりは―――天使の、子孫。自分が。レナには呆然とする事しか出来なかった。
「すごーい!」
「すごい、ではない。そのマルティーヌの生まれ変わりこそがお前だ」
レナとリヴァから言葉が失われた。
「……リ、リヴァ!?」
「そうだ」
クロスは事も無げに言う。
「嘘でしょー?」
笑ってはいるが、その瞳は嘘だと言って欲しいと懇願していた。
「嘘じゃない。リヴァ、お前がレナの前に現れ、彼女にだけ姿が見えるのは、マルティーヌのチカラがあったからだ」
「違うよ…。リヴァ、そんなチカラなんて知らない! リヴァはリヴァで…チカラもないし、落ちこぼれだし…ッ」
涙すら、こぼれそうな勢いのリヴァ。クロスは見上げてくる瞳から己のそれを逃がした。だがすぐにリヴァを見つめ返す。
「違わない。帰って来るんだ、リヴァ。そして、天界に来て欲しい、レナ。今、お前たちのチカラが必要なんだ―――」
クロスの言葉をレナが遮った。
「待ってよ!私だって、そんな―――チカラなんて……」
レナにあるのは戸惑いだけ。普通に、ヒトとして生きてきたのに。天使なんて、今まで信じた事がなかった。空想の生き物だと信じて疑わなかった。なのに、
目の前に現れたのは天使で、自分は彼女と同じチカラをもつ、天使の子孫。そんなこと―――……。
「知らない!」
「戸惑うのも無理はない。とにかく来てくれ」