「姫ーっどこですかっ?!」
 そんなこと言われても、出て行ってなどあげるはずもない。


自 由の鳥、君の翼  壱


「姫!!こんなところにいらっしゃったのですね?!」
 こちらに向かって駆けて来る女中の姿に、姫はため息をついた。
「見つかってしもうたか・・・」
 とはいえ、ここは広い庭園、こちらに来るまでに相当の時間がかかることは明確だった。だが、姫は逃亡する様子もなく池に架けられた朱い橋の上から、水面 に映る自分の姿と泳ぐ鯉を見守っていた。
「綺麗じゃ・・・・・・」
 と、急にぐらりと思考回路が揺らいだ。
 バッシャーンッと景気のよい音があたりに響いた。池を覗き込んでいた姫の身体が、手摺から滑り落ち、そのまま池へと落ちてしまったのだ。
「ふぁ・・・っ」
 いくら人工池とはいえ、まだ幼い姫にとって、深いものは深い。もちろん姫は泳げるはずもない。そのうえ、着ていた着物が水を吸って重くなる。バシャバ シャと水を叩いてみるが、そんなものただの悪あがきに過ぎない。
 重い身体に、抵抗する気力さえなくなってくる。遠くで「姫様っ」と自分を呼ぶ女中の声がするが、それもだんだん掠れていく。第一、女中がやってきたとし ても、彼女も泳げるはずなどない。
 もういい・・・などと投げやりな気持ちになってきた。
 その時。近くで水音がした。そして、強い力で引っ張り上げられる。
「大丈夫か」
 そう訊ねられたが、姫には返事をする気力一つ残っていなかった。ぼんやりと目を開けて、目の前にある顔を見つめた。男の子だというのは、理解した。
 だが、意識はそこで途切れた。


 それから、十数年。
「姫様!どこにいらっしゃるのかと思えば・・・」
 呆れたような女中の声がした。だが、それは右耳から入り左耳から抜けていくように、姫の頭はあっさりとそれを無視した。
「姫様、お願いでございますから、あまり心配をかけさせないでくださりませ・・・」
 誰かに見られてはどうなさるのです、と慌てた様子の女中。
「わかっておる・・・。心配するでない」
 そう返しながらも、姫は朱い橋から離れようとはしなかった。
「覚えておるか。わたくしがまだ幼い頃、わたくしはここから滑り落ちた・・・」
「えぇえぇ、覚えておりますとも。姫様は・・・その・・・少し元気が有り余りすぎてごさいました」
 言いにくそうにそう言う女中の言葉に、姫は苦笑する。
「そうであったな・・・」
「あれから、おとなしくおなり遊ばせたと思っておりましたのに・・・」
「そうじゃ、もう二度と、あのような目には遭いとうない」
 ですが・・・と姫は続けた。
「もう、この庭を見ることも、ないであろうな・・・」
「姫様・・・。そろそろお戻りくださいませ・・・。大殿様がお叱りになられますれば・・・」
 明日、姫は同等の家柄の若殿との結婚が決まっていた。