あなたとわたし。

かんちがい。
「そういや、なな、何組?」
 壁に背を預けて床に座った元樹の正面に、ハンカチよりすこし大きめのハンドタオルを敷いて座る菜々花、という形に落ち着いてから、もう随分経った気がする。
 菜々花が読書をしている間、大抵元樹は眠っていて、そうでなければ菜々花を見つめているのだが、はじめからずっとであったならばともかく、本の世界に入 り込んでしまったら最後、菜々花はそれに気付かなくなる。それに乗じて見つめているなんて、元樹は絶対に言うつもりはないけれど。
「えっと、五組…」
 菜々花が一冊読み終わったことを確認し、元樹は話しかけた。読みたい本がない時や、読み終わってしまった時が、菜々花と元樹のおしゃべりの時間だ。
「ふうん、じゃあ俺の丁度一階下か。近いな」
「え?」
「は?」
 元樹の言葉に菜々花が心底驚いて声をあげたので、元樹もつられて声を出した。
「なにが、え? だよ」
「だ、だって、もときくん、私と校舎違うでしょう?」
「…は?」
 元樹は意味不明の言葉に頭を抱えた。この学校では、校舎が違うのは三年生だけのはずだ。
(あ、あれ? あれ? あれ?)
 対して菜々花はどこから何を考えていいのかわからない状態、だ。
「…まさか、なな、三年…?」
「え?」
 菜々花は目を丸くして驚いた。
(そうだよなぁ、まさか…。こんなちっこい…のはいるかもしれねぇけど、こんな子どもっぽいのが三年って。ありえねぇだろ。どう見てもお子ちゃま…)
「もときくん?」
 目に見えておろおろしていかにも困惑していますという雰囲気をかもし出している菜々花。元樹は本人が聞いていたら憤慨しそうな、むしろ泣いてしまいそうな思考を打ち切り、菜々花と自分の間にあるなんとも知れないこのズレを解こうと試みる事にした。
(ななが三年じゃないってことは…つまり、俺の事…三年だと思ってんのか、こいつ…?)
 しばらく考えてみたが、それ以外に思いつかない。菜々花が不安そうに見上げてくるので、仕方なく元樹は口にした。
「なな、俺の事、三年だと思ってねぇか?」
「えぇぇ!?」
 その反応だけで、十分だ。
「違う、の…?」
「俺、一年」
 そういえば、そういわれてみれば、言ってなかった気がする。しかし出会ってもう軽く一ヶ月は超えたのである。
(…間抜けだ…)
 それはおそらく、お互いに。
 だが、菜々花の次の一言はさらに元樹を困惑のどん底に突き落とした。
「わ、私より下なの…?」
(ちょっと待て、こいつなんつった?)
 私より、下。つまり、年下、か。菜々花は三年ではない。それは先ほど聞いた。だがまさか、誰が二年だと思おうか。
「…お前、二年?」
 ものすごく聞きたくなかったが、聞かずにはいられない。菜々花は泣きそうな顔をしてうなずいた。
(肯定しやがった…!)
「だ、だって、もときくん、おおきいから、三年生なのかなって…!」
 どんな考え方を、とそこまで考えて元樹は深くため息をついた。
(それは俺もじゃねぇか…!)
 あまりに菜々花が小さくて子どもっぽかったから、疑いもなく一年生だと思っていた。菜々花が元樹を疑いもなく三年生だと思っていたのと同じくして。つまり、菜々花は元樹を先輩だと思っていて、元樹は菜々花を同級生だと思っていたという事になる。
「も、もときくん…?」
「お前、先輩だったのか…」
「あ…うん、そっか、そうなるんだ…」
 お互いに何も話せなくなってしまった。
「…えぇと、二年五組の、相崎菜々花です…」
(今更だな…)
 どうしても、乾いた笑いを抑えられない。
「一年十組、松原元樹。はじめから、こーいう自己紹介しとけばよかったんだよな」
 菜々花がうなずいた。
 この学校は一階が一年一組から五組、二階が六組から十組、三階が二年一組から五組、四階が六組から十組だ。
「まぁ、どっちにしろ一階差なのはかわらねぇか」
 菜々花が二年五組で三階、元樹が一年十組で二階になる。
「そうだね、近いから会えそうだね」
(…他意は、ねぇんだろうなぁ…)

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