あなたとわたし。

ことば。
「なな」
 元樹の声が聞こえて、菜々花は立ち止まった。きょろきょろとあたりを見渡すが、元樹の姿はない。
「…?」
「ばか、ここだ」
 再び声が聞こえて、聞こえたほう、すこし戻っていつもの本棚の間を覗く。
「もときくん…」
 来い来いと手招きされて、菜々花はすこし迷った末に素直に元樹の元へと歩いた。
「今日、当番?」
「うん。文美ちゃんに代わってって言われたの」
 今日は菜々花の当番の曜日ではない。だから、元樹は通り過ぎて行った菜々花をつい、引き止めてしまったのだ。
 菜々花は最近やっと、元樹に敬語を使わずに話せるようになった。
「ふうん。じゃあ、木曜日来ねぇの?」
「ううん、来るよ?」
 にこにこ、無邪気に笑う菜々花に元樹は軽く眩暈すら覚えた。
「それ、押し付けられたんじゃねぇの」
「ううん、文美ちゃんそんなことしないよ? だって、私いつも図書室にいるもん」
「は?」
 初耳だ。確かにこの本棚のあたりは図書館の奥で、人もあまり来ない。だから元樹はここにいるのだが。元樹が他の日に菜々花を見なかったとしても不思議で はないけれど、それくらい言ってくれてもよかったのでは、元樹はすこし不機嫌になった。
「いつも、どの辺にいんだよ」
「えぇと、あの一番後ろの窓際」
 丁度、ここからは死角になって見えないところだ。
「そんなに毎日何してんだよ」
「本、読んでるの」
 元樹はしばらく考えた。
「じゃあ、ここでしろ」
「…?」
「毎日来るんだったら、ここに来い」
 菜々花はきょとんとしている。
「明るいだろ、ここ」
「うん。でも、もときくんは、それでいいの?」
「は?」
 何で俺、と言葉にしようと思ってやめた。
「だって、もときくん、いつもここでひとりでいるから、ひとりのほうが好きなのかなって」
「ちげぇよ。確かに他の奴とつるむのはうぜぇって思うけど。お前となら、いてぇよ」
 かぁっと菜々花の頬が赤くなる。
「…いいの?」
「いいっつってんだろ。お前と、いたいんだよ。…その…好き、だ」
 ぷしゅう、と音がつきそうな勢いで耳まで真っ赤に染まる菜々花。
「あ、あぁぁ、あの、あの…」
 あからさまにわたわたし始める菜々花。見ているほうはほほえましいのだが。
「あの、私、私も…、……すき、です…っ」
「―――あぁ」
 完全にうつむいてしまったから、元樹は遠慮せずに苦笑する。
(知ってる、っての)

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