駅のホームには、見知った顔がそこかしこにあった。
「おはようっ」
早朝だというのに、非常に元気な朝子。美空は溜息を押しこんでおはようと返した。
クラスメイトではなくなってしまったけれど、登校のための電車の中で、彼らはほとんど毎日顔を合わせることになっていた。通学方法がそれしかないのだか
ら当然である。
そんな
僕らの裏事情
最寄駅の違う朝子は、美空よりも早く電車を降りた。麗未や桜花が会話という名の漫才を繰り広げる隣で、ひとり喋り倒す親友のいなくなった美空は
本のページを開く。美空の周りでは、なんとなくの流れで同じ車両に集まっている元クラスメイト達がそれぞれ様々な話をしている。けれどもうここは教室では
なくて、揺れ動く電車の中だった。着ている制服もそれぞれに違う。
環境が全く変わってしまったのは、逆によかったのかもしれない、と美空は思う。ページをめくる。異世界ファンタジーの世界はとても魅力的だったけれど、
どこか頭に入ってこなかった。
みんないるのに、悠輝だけがいない。自分の隣にも、他の元クラスメイトの輪の中にも。もしもこれがいつもの教室の中だったら、美空はおかしくなっていた
かもしれない。久しぶりに悠輝を思い出して、美空は動揺してしまった。
「……美空、顔赤いけど?」
「っ……」
麗未の一言に、美空は思わず本を閉じてしまった。
「美空、どうかした?」
桜花も心配そうにしている。けれど美空には、とてもではないけれど本当のことは言えなかった。特に、こんな知り合いの目があるところでは。
「別に、何でも」
「やだなー、あれでしょ? 恋煩い」
「そんなわけないでしょっ!」
思わず過剰反応してしまって、美空はますます赤くなって顔をそむけたのだった。それがあまりよろしくない行為だとは、わかっていたけれど。
「ふーん?」
高校に入って、麗未は以前にもまして意地が悪くなったようだった。満面の笑みが、逆に怖い。
「そっかぁ、美空かわいー」
何をどう返していいのかわからない美空は、すっかり困り切ってしまった。
「……でもさぁ、美空、最近美空らしくないよ」
麗未がぽつりと言った。ハッとしたけれど、本当は美空も美空でよくわかっていた。どうしても、彼女達、元クラスメイト達に距離を置いてしまう。彼ら彼女ら
は、どうしても悠輝を思い起こさせる。いや、それも少し違うかもしれない。悠輝がいなければ、美空は彼らの中での自分の立ち位置を測りきれないのだ。それ
くらい、いつでも美空の隣には悠輝がいた。
朝子はまだマシだった。彼女とは悠輝のいない所でもよく共にいたのだから。それに朝子はひとりであってもよく喋る。けれど、麗未達は違った。彼女達と話
しているときでも、大抵同じ空間に悠輝がいた。
美空は悠輝に依存しているような自分が怖かった。だからこそいつも通りでいようとして、それがわからなくなってしまう。
「なんかあったら、朝子でもあたしらでもいいから、話してよね」
「そうそう」
「大げさよ、何もないわ」
そう言って、美空は曖昧な笑みを浮かべた。
「みーそーら」
電車を降りると、いつも通り夜宮が近づいてくる。美空の高校と夜宮の高校が隣にあるので、ふたりは一緒に登校していた。
「あんたねぇ。何度も言うけれど、他に友達いないわけ?」
「そうそう、いないんだよなぁ。美空のこと心配して一緒に学校行ってやるくらい優しいのになんでみんな俺の優しさに気付かねぇんだーっ」
無論、冗談である。いつもより高レベルな返答に、美空はもう今後一切聞くまいと心に決めたのだった。どうせそのうちこうして誘いに来ることもなくなるだ
ろうから。
小さくため息をついた美空は、夜宮が僅かに眉をひそめたことには気づかなかった。夜宮と一緒にいても、美空はやはり何を話していいのかわからないでい
た。けれど実は、それは夜宮も同じだった。それでも放っておけない。放っておくわけにはいかない。
美空もまた、なんだかんだ言っても夜宮を完全に突き放すことはできないでいた。一緒にいるのは気まずい、けれどひとりでいることにも耐えられない。
「なんか、あれだよなぁ。高校つっても、なんか全然楽しいって感じしねぇんだよなぁ」
嫌な空気を打破するように、夜宮が少し声を張り上げた。美空は何も言えなかった。こういうとき、どんな反応をしていたか、何と言って返していたのか、全
く思い出せない。
「ま、楽しいには楽しいけどさ。こう、想像してたのとは全然違うっていうか」
高校生なんて、大人だと思っていた。高校生になったら、大人になれるのだと思っていた。
でも、それは、間違っていた。