6.
恋人中毒
部活にも出ないで教室で待っててくれたつばさは、先生とのことを報告したら、『良いんじゃない、それも』って笑ってくれた。
昨日の夜はなかなか寝付けなくて、時々信じられなかった。夕方のあれは、夢だったんじゃないかって。でも、いつまでもそれは醒めなくて、あたしはいつの
間にか眠ってたみたい。
「おはよっ!」
おかげで今日は散々。
「ちょっと杞優・・・遅刻」
「わかってるよっ!」
教室に入った瞬間、あきれたつばさの声。
いつもはちゃんと余裕もって登校してるけど……今日は寝坊しちゃったから、つばさのいうとおり遅刻。っていったって、ホームルームだけじゃん!
……でも、やっぱり遅刻は遅刻だから、言い返せないんだよね……。
「……寝付けなかったんでしょ」
――つばさ、さっすがぁ!
でも、あーぁ、昨日あんなに、おしゃれしようって考えてたのにな。
「おはようございます」
この声! 訊き間違えるはず無い、松ヶ竹先生の声。……でも、何で上から降ってくるんだろ?
「雪村さん、席についてくださいね」
っ! あ、つばさがため息ついた……。
「……すみません、この子ちょっと眠いみたいで。ほら、杞優、そこ邪魔でしょ?」
つばさがすかさずフォローしてくれて、あたしの手を引っ張って席まで連れてきてくれた。
あ! そっか、一時間目数学だ! 何で忘れてたの、あたし!
「あ。雪村さん」
「は、はいっ!」
うわうわ、名指しだっ! 何だろ。ちょっとどきどき。
「担任の先生が、ちゃんと遅刻届出すようにって」
あ、はい……そーいうことですか。
「はぁい」
何期待してんの、あたし。馬鹿みたいじゃん。や、頭よくも無いけど……。そうだよね、ここみんないるし。教室だし。当たり前かぁ。
「じゃあ、授業を始めます」
昼休みになって、あたしはつばさと一緒にお弁当を食べるために席を移動してた。
『1年5組、雪村さん、今すぐ数学準備室の松ヶ竹のところまで来てください』
――ってあたしかぁっ!
「……あのね、急な呼び出しに驚くのは良いけど、お弁当落とすのはやめなよ」
「ご、ごめん」
つばさはちゃんとあたしが手を話して落としかけたお弁当をキャッチしてくれてた。ありがとう。感謝します。大切なお昼ご飯! って、落としたのあたしだ
けどさ。
「い、今すぐって……」
「今すぐ。先お弁当食べてるよー」
今、すぐ……。今すぐか……。
「いってきまーす」
「……お弁当、持って行ってどうすんの? 動揺しすぎ」
……そんなに動揺してるかな、あたし。してる、けど。呼び出しなんて今まで無かったし。しかも先生からだし。
だから、期待しちゃ駄目だって自分! てか、あまりの数学のできなさに呼び出しとかだったら、真面目に笑えないよねぇ。……ないって言い切れない
よぅっ!
でも、でもでも、それより……嘘じゃないよね、昨日の……。ま、まさか考えてみたら本当は……とかじゃないよねっ?
「早く行きなさいよ……」
いろいろ考えながら、すっかり歩きなれてしまった数学準備室への道を行く。それは先生に会いに行く……だけならまだしも、本当に数学わかんなくて聞きに
行くからだもんね……。まだ入学してそんなに経ってないのに……どれだけ数学出来ないんだよぅ、あたしぃっ!
「失礼しまーす。雪村ですけど……」
「あ、雪村さん」
先生が手招きしてきたから、私はそっちまで歩いてく。やば、教科書とか持たずに来たの初めてだ……緊張するっ。
「ごめんね、呼び出しなんて。びっくりしたでしょう」
「は、はい……まぁ。あの……私何かしました?」
「何もしてないけど……してないをした、かな」
あー……国語は出来ると思ってたけど、やっぱり駄目かも……。先生、お願いします、もうちょっとわかりやすい言葉で……。
「遅刻届」
「……あーっ!!」
忘れてた、すっかり! だって、一時間目先生の授業だったし! って言い訳にならないけどっ!
「出してないって担任の先生が嘆いてたよ」
……って、あれ? そうだよ、あれ出すの先生にじゃないよね……?
「っていうのが、口実」
「……は?」
先生が目をそらした。あれ、あれ、あれ?
「ごめん」
「へ?」
嫌な予感的中ですかっ?
「教師がこういうことすべきじゃないね」
えーっと、先生何しましたっけ? 教師が、しちゃいけないこと? あ、口実? ……口実? って?
「もうちょっと耐えられると思ってたんだけど……結構嬉しかったのかな」
困ったように笑う先生。わぁ、そ、その笑顔……こっちが照れちゃうよぅっ!
「会いたかっただけだから」
……もう一回言ってもらっていいですか。
言葉にはならなかったけど。だって、声なんて出せるわけない。そんなこと、言えるはずない。
「せんせ……」
先生はため息をついて額に手をやった。それに、あたしの胸はぎゅっと締め付けられる。重症、かな……。
「振り回すつもりは無いんだ。ごめん」
「そんなことないです! 全然!」
そう力説したら、先生はふわりと笑った。
「ありがとう」
やっぱり私は、先生のその笑顔に弱いみたい。恥ずかしいし!顔が赤くなるっ!
思わず見ていられなくて視線を逸らせたら、先生の机の上の買い物袋が目にとまった。
「先生って、お弁当じゃないんですか?」
ごまかしたの……わかったかな? でも、本当に気になったんだもん。
「……作ってくれる人いないから」
うわー……少女漫画みたい。
「じゃあ! 私お弁当作ります!」
「え?」
先生が目を丸くしてあたしを見る。そんなに驚くことかな? あたしだって、少しは料理できるんだよ? だって、いいお嫁さんになりたいもんっ!
「だ、めですか……?」
「かまわないの?」
「あたしは全然!」
むしろ作りたいですっ!
先生が、嬉しそうに笑ってくれた。
「じゃあ、お願いしようかな。朝、7時には来てるから」
「はい、持って行きます!」
教室行く前に、かばんごと持ってきたら、みんなにはばれないよね? あ、そうだ、わかんないとこその時に教えてもらえたりするかな? えへへ、なんだか
嬉しくなってきたぞっ!
「ありがとう。あ……でも、そろそろ戻らないと、お昼食べてないんじゃない?」
「あ……はい」
そっか、そうなんだよね。さすがにお昼抜きはきついよね。でも、もうちょっと先生といたい……なんて。
「食べないと元気でないよ。早く帰らないと永山さんも心配するし……教室に戻りなさい」
「はい!」
そうだよね、先生だってお昼食べないと駄目だもんね。
「あ、でも遅刻届は早く出してね」
……また忘れてた……。先生のこと困らせたくないし、ちゃんと出そう。
明日は絶対、先生のためにお弁当作ってくんだ。うまく作れるかなー……。今日は、早く寝ないと!
「……もうちょっと、大人でいられると思ったんだけど……」
高校生相手に本気で恋をして……想ってるだけだったらいいのに、断れなかった彼女の告白。この年になってまで“恋”をするなんて思わなかった……。
しかも、彼女にはいつもペースを乱されてしまう。いろいろとごまかしているのを気付かれていないといいんだけど……。