ちょ うちょ結びの赤い糸



 血は紅い。赤い、あかい。まるで太陽が落ち逝く前のような、この美しい空のよう。世界が赤に支配される。
「詩人のようなことをいうんだね」
 ぼんやりと赤を見ていると、後ろからそんな声がした。どうやら声に出してしまっていたらしい。それはともかくとして、それを彼に聞かれていたなんて、不 覚にもほどがある。ちょっと、かなり、悔しい。
「何か用?」
「何も」
 そう言うと、彼は私の隣に座った。少しだけむっとしてしまったけれど、特に咎めるまでもないと思って放っておくことにする。
 戦地から帰って数日。生きるか死ぬかの瀬戸際を彷徨っていたあの頃とは違う。眠るのも、起きているのも全てが安寧の中に在る。
 きっちりと整えられた軍服。けれどそれは、ここにいる限りは何の意味も持たない。
「煙草。私の傍で吸うなと言ったでしょ」
「さあ。そんなこと言われたことあったかな」
 笑って煙を吐き出す。一体何が面白いのかわからない。
「なあ、リリー」
「その名で呼ぶなって言ってるでしょ気持ち悪いっ!」
 彼は肩をすくめてみせた。
「間違っていないだろう? クリムゾン・リリー」
 クリムゾン・リリー。紅百合、血色の百合を意味するそれが、私の愛称。まあ、間違ってはいない。むしろ、王家の紋章である百合の花を背負う私にとっては 喜ぶべき呼称。
「紅百合ならね。白い百合なんて私には似合わない。そうでしょ?」
 私のあかは、この軍服の赤じゃない。血の紅。返り血の紅。あの方に忠誠を誓ったあの日から、私は女でいることを辞めた。男にはなれないけれど、女にもな らない。私はただ、私でいる。男でも女でもなく。
「お前は本当に、王の百合だね」
 彼は煙草を地面に押しつけた。そしてそれをじっと見つめている。一体何を押しつぶしているつもりなんだか。本当によくわからない男。
「あんただって、王家に忠誠を誓った身でしょう」
「そう。僕は、ね」
 鋭い瞳が、私を捕らえた。はじめて彼が怖いと思った。その異端たる紅い瞳から、ブラッディ・スピネルと呼ばれる狂気の男。その目を見たら、石にされる前 に殺されるらしい。
 けれど私にとって彼は、隣で戦う戦友、いや相棒に近い。唯一背中を預けられる存在。けれど剣がなければただの優男だと、常々思っていたのに。
「何が、言いたいの?」
 確かに、この紅い瞳は簡単に相手を飲みこんでしまうようだ。そういう意味では初めて真正面から彼の瞳を受け止めたといえるのかもしれない。
「陛下は、君になんて?」
「っ、あんたには関係ないっ!」
 思わず声を荒げた私に、彼は余裕の笑みを浮かべた。
「そうだね、君と僕はただの同僚でしかない」
 そう言って、私に動揺だけを残して彼は去っていった。
 …… 別にいいんだ。私は、男でも女でもない。私はだた、あの方のための剣で、あの方に私の存在を認めてもらえたらそれでいい。それ以上は要らない。だって私は 軍人だから。私が誇れるのはこの剣の腕だけ。他は何一つ、他の人には勝てないのだから。だから私は軍人で在らねばならないのだ。そうでなければ、私の存在 なんてすぐに埋もれてしまう、だから。
「私はこれでいい」
 戦場を離れる気はないか?
「私はこれでいい」
 世界が闇に染まっていく。そこにはもう、美しい赤はない。

「君はそのままでいてもらわないと。My madonna lily」


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2010/02/04