New relations

034  折れたクレヨン、もう元に戻らない
(大 友和真&宮野梨華)
「…怒らない?」
 和真が突然聞いてきたので、達哉は訝しげな視線を送った。意外にも、和真は真剣な表情をしている。
「話による」
「それじゃ駄目」
 この時間帯は客が少ない。今は誰もいない。困った事であるはずなのだが、達哉はこの誰もいない「グリーンアイズ」の雰囲気が好きだった。
「…じゃあ怒らない」
 共営者で兄でもある聡志は奥にいる。今はアルバイトの和真とふたりきりで、和真は時間をもてあましているようだが、達哉はコーヒー片手に本を開いてい た。そんな中での、和真の言葉だった。
「俺、何か空しい」
「は?」
 その「空しい」の対象がよくわからず、達哉は本にしおりを挟んだ。
「俺さ、サークルいかないでバイト来てんの」
 肩を痛めて入院していた和真は、無事に退院してから久々のサークルに足を運んだ。だが困ったのは出来ないという状況であればあるほどボールを握りたいと 思う欲求。見かねたチームメイトが来るなと宣言してから一週間が経つ。
「俺こんなとこで何やってんだろーって思うんだよな」
「何ってバイトでしょ」
 心底呆れた声で達哉が言った。それは確かにそうなんだけどと和真が困った顔をする。
「でも何を思おうが、どんなにやりたかろうが出来ない今は、あきらめるしかないでしょ。バイトだって、やれる時にやっとけば後で役に立つんじゃない?」
 達哉が再び本を開いた。これ以上反論しても聞かないという意思表示だ。
 和真はカウンターに頭を乗せた。深いため息をつく。
「甘えてんのかな」
「やるべきことやらないでいいやって思ってるのがその定義ならね」
 和真は達哉を見上げた。自分より年上の彼の顔は、自分よりずっと中性的で綺麗だった。別段それを羨ましいとは思わないが。
「梨華に会いたい」
「現実逃避。それ本当にやるなら、軽蔑するよ」
 優雅な仕草で達哉はページをめくった。和真の話を聞きながら本の内容も理解している、らしい。神業だと思った。和真も読書は嫌いではないが、好んでやろ うとは思わなかった。そう例えば、梨華がこの本面白かったとかいわない限り。
「けど暇じゃん」
「バタバタ働いてるほうがいいなら工事現場とかがお似合いだよ」
 和真は口を噤んだ。どうも勝てない。勝とうとも思っていないけれども。
「楽でいいでしょ、何もしないで時給もらってるんだから」
 それはさすがに違うだろうと思ったけれども、その後に何を返されるのか良そうもつかないのでやめた。
「ピークとの差がありすぎとか、思わない?」
「俺バタバタしてるの嫌い」
 和真は短くため息をついて机にうつぶせた。スピーカーから聞こえてくるバラードの音しかしない。静かだった。
 そのとき、ドアにつけているベルの音が鳴った。ドアからはカウンターが正面に見える。
「いらっしゃいませ」
 本もコーヒーも、身なりも表情も全て一瞬で整える。
「こんにちは」
「梨華!」
 達哉は何もいわず肩をすくめ、本を再び手に取った。和真がカウンターから出る。
「近くに寄ったから…」
「いつものでいい?」
 とは言うものの、達哉は本を手放さない。和真は梨華をエスコートしてカウンターに座らせると、梨華がうなづくのを見てカウンターに入っていった。
「何の本?」
「小説。恋愛小説かな。知ってる?」
 達哉がブックカバーをのけて表紙を見せた。
「あ、この作家さん好き。これも読んだわ」
「そう、クライマックス言わないでよ、今いいところだから」
「言わないわ?」
 梨華はかばんの中からプリントをいくつか取り出した。今日の講義の配布物だろうか。再び心地よい静寂がカフェを包んだ。
「お待たせしました」
 しばらくして和真が甘いカプチーノを持ってくる。ありがとうといって梨華は口をつけた。
「それ、ドイツ語?」
「ちがうわ、フランス」
「そっか、梨華フランスだっけ、外国語。俺ドイツだからなぁ」
 梨華も和真も、学校は違うが学部は似たようなものだった。共に文学部なのだ。
「あ、じゃあ今度教えて?」
「えぇ、無理だって、あんまり得意じゃないんだから」
 和真は顔をしかめた。語学系は得意ではない。英語ですら、学ぶ意図がわからなかったというのに。
 ―――カラン、ドアにつけられたベルの音。達哉が顔を上げた。そしてちら、と和真を見る。和真は梨華から視線をその客へと向けた。
「―――美緒」
 それが自分の言葉だったのか達哉の言葉だったのか、口に出していたのかいなかったのか、和真にはわからなかった。美緒がヒッと息を呑んだ。

087 センチメンタルラヴァーズ
(大友和真&宮野梨 華)
「お友達?」
 梨華が振り返った。美緒は一歩も動かない。
「俺の幼なじみだよ」
 何も言えないでいる和真の代わりに達哉が答えた。
「まぁ…こんにちは」
 梨華が軽く会釈した。それが滑稽に思えるのはなぜだろう。
「あ…天使の…人?」
 美緒がますます目を見開いた。梨華が首をかしげ―――パッと赤くなる。困ったように和真に視線を走らせたが、和真には何かを返す余裕もなかった。
「美緒、そこは邪魔になるから入りなよ」
 達哉がカウンターの中から声をかけた。美緒はどうしようか迷った様子だったが、うなづいて店の中へと入った。
「お隣いいですか?」
「えぇ、どうぞ」
 梨華は広げていたプリントを片付けた。
 ちらりと美緒が和真に目を向ける。
「あたし、見ました、映画」
 梨華は恥ずかしそうにありがとうと答えた。
 目の前にフィルターがかかっているようだと和真は思った。あるいは、自分の見ている夢を冷静に解釈している、そんな感じだと。
 梨華と美緒は楽しそうにおしゃべりしている。美緒がたまに視線を送ってくる事に和真は気づいていたが、どうしていいかわからなかったので無視した。
「梨華さんもここの常連なんですか?」
「常連…っていうより…ううん、そうね」
 少し紅潮した頬。一瞬だけ和真に向けられた視線。
「あ…あたし、そろそろ帰らないと」
 突然立ち上がった美緒に梨華は驚いた。
「たっちゃん、これお代」
「いいよ、今日はおごりで」
「…じゃあ、帰るね。梨華さん、また」
「え、えぇ」
 美緒は慌しげに出て行った。
「私、何か気に触ることしたかしら?」
 心配そうにドアを見つめる梨華に、和真は違うという言葉を告げようとして、それでもそれは言葉にはならなかった。
 達哉がため息をついた。
「梨華ちゃんのせいじゃないよ」
「…でも、何か気に触る事があったってことですね」
「…鋭いなぁ」
 達哉はそうではないといったのではない。梨華のせいではないといったのだ。達哉は和真に視線を向けた。
「今のはちょっと、違うと思うよ」
 ぽんと和真の肩に手を置いて、彼を見る。
「じゃあ、言うべきだった?」
「そうだね、はっきり言われたほうがショックは少ないんじゃない?」
 睨む、に近かった和真の視線が緩くなる。握った拳が少し、震えている。
「かずくん?」
 梨華が和真に、それから達哉へと視線を向ける。
「和真に聞いてよ」
 そう、これは達哉の問題ではなかった。
「俺、追いかけてくる」
 和真がカウンターを出た。
「俺からアドバイスするなら―――やめたほうがいいと思うけど?」
 振り返った和真は痙攣したように体が動かなくなった。達哉の表情から笑みが消えていた。
「ここまでしたなら、期待持たせるようなことしないほうがいい」
 傷つくのは誰だと思ってるの? と達哉は付け足した。
「それより―――不安そうにしてる梨華ちゃんに気づいてあげなよ」
 梨華がハッと達哉を見上げた。
「梨華…」
 ゆっくりと和真へと走らせた視線。和真は梨華へと駆け寄った。勢いのままに抱きしめる。
「かずくん?」
 どうしたの? ではなく、大丈夫? とこめられた名前。ただただ和真は梨華を抱きしめた。
「美緒はね、俺の元カノなんだ」
 ひく、と梨華の喉が引きつった。
「傷つけて、しまったかしら」
「違うよ。俺が、ちゃんと言わなかったのがいけなかったんだ。そう、だろ、達哉」
「さぁね」
 人を傷つけるという事は、自分も痛い。繊細な梨華はそれに耐えられなかったし、慣れていない和真はどうしていいかわからなかった。臆病、というのかもし れない。ただ、人を傷つけない事で自分を守っているだけの。
「でも、美緒は自分で立ち直るよ。そこまで弱い子じゃない。それに―――ようやくやっと、吹っ切れたかもしれないし?」
 達哉がようやく笑った。だが和真は梨華の肩に顔をうずめた。同じような痛みが和真と梨華を苦しめていた。だから離れられない。だけど離れられない。
 苦しそうに達哉が笑った。

214 儚くても、二人
(仲谷勇太&早瀬美緒)
 美緒はただ、闇雲に走っていた。どこかに行きたいわけでもなかったし、かといって止まりたくもなかった。
 呼吸がだんだん苦しくなってくる。でも、このまま死んでもいいと思った。
 彼の前に恋人がいなかったわけではない。恋をしなかったわけでもない。それでも、きっと何度経験しても、この痛みには慣れないだろう。
 和真といると楽しかった。たまに冷たいときもあった。視線は向けられているのに何か違うものを―――違う人を見ているような、そんな気がしたこともあ る、それは事実だ。それでも、楽しかった。
 でも、何もかもがもう、全て、思い出なのだ。たとえ望まなくとも。
「っ、きゃっ」
 身体に衝撃が走った。体が落ちていく、倒れる―――覚悟した痛みは、なかった。
「っびっくりした…」
 腕が痛い。内側から痛みが広がっていくようだった。でも、熱い。
 なぜかその声が聞き覚えのあるものに思えて、美緒は顔を上げた。
「…ごめん」
「勇太君…」
 事態が把握できない。頭がついていかない。どういうことだろう?
「えーっと、手、離しても大丈夫?」
「え…」
 自分の腕をしっかりと支えてくれる力強い手。美緒は勇太を見上げた。
「美緒ちゃん?」
「あ…大丈夫」
 すると変に思うほど早く、勇太の手は美緒の腕から離れていった。
「えっと…」
「うん、悪い」
「え?」
 なぜ謝られているのかがわからない。勇太は一人納得しているようだが、美緒には伝わらない。
「美緒ちゃんが走ってくるのわかって…その、避けらんなかった」
 そうだ。走っていてぶつかったのだ。彼、勇太と。悪いのは彼じゃない。自分のほうではないか。美緒は慌てて謝った。
「あ、ううん、ごめんなさい、あたしこそ…えっと」
「いや、どっか急いでたんじゃねぇの?」
「ううん、違う、の」
「や、ホント悪い。うん、普通は避けるよな、うん」
 美緒の様子に気づかないのか、勇太はひとりうなづいている。
「―――ね、勇太君」
「ん?」
「勇太君は知ってた? その…梨華、さんのこと」
 勇太が目を見開いた。美緒はなぜ勇太にこんなことを言っているのか、よくわからなかった。以前から相談に乗ってもらっていたのは事実だけれども。
「…梨華って、宮野梨華さん?」
「苗字まで覚えてないよ。すごい綺麗な人。天使みたいな…」
「あぁ、うん、ANGELの天使の子」
 和真と行った栄創大学の文化祭。最後になってしまったデート。そういえば、あのときから様子が変だった。
 美緒はじっと勇太をみつめた。
「あの人…和真君の、彼女?」
 勇太が息をついて視線を宙に泳がせた。
「…あぁ」
 鼓動が跳ね上がった。勇太の声が少し怖かった。
「…怒った?」
「あぁ…美緒ちゃんにじゃねぇよ。和真、ちゃんと美緒ちゃんに言わなかったんだなって」
 美緒は眉を寄せて笑った。
「言える事じゃないよ」
「言うべきことだろ」
 ほんの一瞬、体中の動きが止まった。そしてゆっくりと波紋のように呼吸が戻ってくる。頭の中に嫌というほど血液の流れる音が響いていた。
「ごめん、あいつ、不器用なんだ。すげぇ一途で。って、俺からこんなフォローされても美緒ちゃんが困るだけか」
 美緒は首を横にふった。
「一途って?」
「…俺から聞いてもいいの?」
 視線が絡まりあって、居心地が悪い、のにそらせない。
「美緒はいい。和真君が怒る?」
「あいつのことはいいよ」
「じゃあ教えて」
 美緒はじっと勇太を見つめた。勇太はなにやら考えているようだった。
「―――や、嫌じゃなかったら和真に聞いたほうがいいよ」
 美緒は唇を尖らせた。聞く勇気なんてない。会う勇気すらないのに。
「友達として言わせてもらったら―――和真も悪気があって美緒ちゃんの事ふったわけじゃねぇし…梨華ちゃんもすげぇいい子。あのふたりは…もう多分、運命 とか、そういうの、超えてるんだよな」
 勇太は空を仰いだ。
「酷かもしんねぇけどさ。無理だよ、時間とか距離とか―――多分、神様とかさえあのふたりは引き離せねぇよ。あいつら見てたらわかる、恋とか愛とか依存と か、そんなの全部ひっくるめてお互いが必要なんだよな」
 美緒は地面を見つめた。悔しかった。悲しかった。でも、不思議と怒りはわいてこなかった。
「…ごめん。俺が一番ひどいこと言ってる」
 視線を上げた。美緒の潤んだ瞳が勇太のそれと重なって、勇太は動揺した。だけど美緒は動じない。
「じゃあ、美緒に付き合って。あたし泣きたいの…でもこんな街中じゃ嫌、どこか公園でも入りたい。勇太君が泣かせたんだから、責任とって?」
「…わかった」
 勇太の手が美緒の手に触れた。勇太の手は温かい。冷え性の美緒は申し訳なく思ってひこうとしたが、勇太の手はそれを許さなかった。何も言わない。何も言 えない。だけどそれは、まったく居心地悪くなどなかった。

283 教えてくれたのはあなたでした
(大 友和真&宮野梨華/仲谷勇太&早瀬美緒)
「…いいか?」
「っ、うん」
 重たいベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ。って、なんだ、勇太。―――に、美緒?」
「和真は?」
「あっちのボックス」
 達哉は視線だけで示し、怪訝そうな顔をする。そこには頭が二つ並んでいた。
「達哉、抜けれるか?」
「…いいけど」
 勇太が小さく何度かうなづいた。ややこしい事になりそうだと達哉はため息をつく。勇太は頑固だ。和真も頑固だが、勇太は融通がきかない。和真のほうが物 分りがいい。
「和真」
 和真が顔を上げた。入り口に背を向けて座っていたので勇太が来たことには気づかなかったらしい、驚いていた。その視線は必然的に後ろの美緒に、そして達 哉に向けられる。
「あ…」
 小さな声を漏らして梨華が立ち上がった。梨華と美緒の視線がぶつかる。
「座るぞ」
「いいけど」
「ちょっと、俺座るとこないわけ? 勇太寄って」
 奥に座っていた梨華の前に美緒が、その隣の和真の前に勇太が座る。達哉がその横に座った。
「梨華、座りなよ」
 梨華は素直にそれに従った。
「話があるんだろ?」
「あぁ。―――俺さ、美緒ちゃんと付き合うから」
「…ド直球だね」
 達哉がため息をついた。だが勇太はちらりとも視線を向けず、じっと和真を見つめている。
「ふぅん。いいじゃん、よかったじゃん美緒、勇太だったら俺よりずっと大事にしてくれるよ」
「へぇ。じゃあ、いいんだな」
 挑戦的な勇太の目が和真に突き刺さる。だが和真は動揺しなかった。
「だって俺には梨華がいるし。―――美緒、わかってると思うけど、俺梨華と付き合ってる。再会したのは美緒といった栄創の文化祭のとき、あの映画がきっか け。会おうとは、思ってたけど」
「再会って? どういうこと?」
「―――俺と梨華は、同じ高校なんだ。梨華のほうがひとつ年上だけど、付き合ってた。梨華が大学いく時に別れて―――でも、俺も納得してなかったし、梨華 も俺の事嫌いになったわけじゃなかった。だから、また付き合うことにしたんだ」
 美緒の唇が震えた。
「じゃあ、美緒は、何だったの? 梨華さんの代わり?」
「―――重ねてたのは事実だから、否定しない」
 和真がちらりと梨華に視線をやった。ずっとうつむいている。和真はため息をついた。
「だから、俺は悪くても梨華は悪くない」
 テーブルの下で、和真は梨華の震える手に自分の手を重ねた。梨華は自分を責める。そういう子だとよくわかっていたから。
 美緒は思った。目の前の梨華を見て。
 なれない。この人の代わりには。純粋で綺麗で、ガラスみたいな人だ。自分がどうやっても、どんなに努力しても手に入れられないものを持っていると思う。
 和真と梨華が再会しなければ、今も自分は和真の彼女であったかもしれない。そんな現在があったなら、どうなっていただろう。それでも和真を好きでいただ ろうか。
 誰かの代わりでもいいから傍にいたい―――和真に対して美緒はそれほどまでの想いを抱けなかった。和真が梨華の事をちらりとでも漏らせば、別れていただ ろう。
「恨んでないよ。多分、恨むほど、私も和真君のこと想ってなかった」
 ショックだったのは、何も言ってくれなかったこと。裏切られた気分だった。それが恋人としてのそれなのかどうかは美緒にはわからない。
「ごめんなさい。美緒思うの。多分、梨華さんが現れなくても、あたしと和真君は別れてたと思う。和真君より、勇太君のこと取ったと思う。美緒は誰かの一番 がいい。和真君が美緒の事見ながら違う人見てるの、気づかないふりしてたんだと思う」
 もしかしたら、もうずっと前から惹かれていたのかも知れない。心のどこかで気づいていた。自分は和真の一番じゃない。そんな時相談に乗ってくれたのは勇 太だった。
「でも、あたしね、和真君の事好き。恋とかそういうのじゃなくて…なんていうんだろ、大友和真っていう…人間が好きなんだと思う。だから、友達ではいた い。駄目かな?」
「いいよ。俺も、今更だけど、美緒の事一人の人間として見られると思う。今度こそ。梨華の代わりじゃなくて」
「うん。そうして」
 美緒が笑った。和真も笑う。和真は梨華の手を握る力を少しだけ強めた。
「梨華さん。幸せでいてくださいね」
「…ありがとう」
 梨華がほほえんだ。天使のような笑みだった。これが人を惹きつけるのかもしれないと美緒は思った。かなわないなと。
「解決した? それよりなんで俺ここにいるわけ?」
 達哉が呆れた声を出した。
「俺部外者だと思うんだけど。仕事あるし?」
「いや、一応報告しておこうかと…。しなかったらキレるだろ」
「うん、当然」
 ではどうすればいいんだと勇太は視線で達哉に問いかけた。
「まぁいいけど。美緒の相手が勇太っていうのがこの上なく不安だけど」
「おい!」
 すっかりいつもの調子だった。
「ねぇ、かずくん? どうして私の代わりが美緒さんだったの? ずっといい子なのに」
 心底不思議そうに問いかける梨華に、美緒は驚いた。自分のことに無関心なのだろうか。それにしても、ありえない。どうしてこんなに綺麗な人がこの世に生 きているのだろう。きっと守られて守られて愛されて育てられたのだろうなと思った。
「不安定で危なっかしいとこ?」
 しばらく考えて和真は答えた。
「なんかよくわからないとこで暴走するとことか。あ、でも梨華のほうが断然天然だよね。むしろ天然の域超えてるし、梨華は」
「もうっ天然っていうのは美並さんみたいな人を言うのよ」
「そう思ってるのは梨華だけ。あ、あの子も天然には違いないと思うけど」
 納得できないという顔をしているのは梨華だけで、だけど梨華はそれに気づいていない。
 達哉が仕事に戻ると席を立ったのをきっかけに、美緒と勇太も立ちあがる。
 本当に人を愛するということがどういうことなのか。美緒は、和真と梨華を見つめた。そこにもう、迷いはない。

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