003 日差しに溶けた輪郭 (大 友和真&宮野梨 華) |
「り…
か」 駆け寄ろうとした足は、自然とゆっくりと、そして止まった。声も、動きもすべて。 まるで映画のワンシーン。梨華はゆっくりと振り向いた。 「かずくん?」 自分を呼ぶその声は、風のように自然なものだった。教室から聞こえる笑い声も、廊下を走る規則的な足音も、校庭から聞こえる運動部の掛け声も、吹奏楽部 の奏でる音楽も、そのたった一言を超えられずに消えていく。決して大きな声ではないのに。 梨華は動かない。ただ不思議そうに和真を見つめている。なのに和哉の足は動かない。 「かず…」 コンマ一秒。梨華が和真の名を呼ぶその声は、魔法。 「え…」 小さな声が、和真の腕の中でこぼれた。和真もハッと梨華を見つめる。いつの間にか、梨華は和真の腕の中にいた。数秒前の出来事が脳裏にフラッシュバック する。 駆け寄って、抱きしめた。愛しい人を。 ここは学校だ。学校の廊下。放課後とはいえ、人はまだ残っている。マネージャーが遅いから呼んでくるように先輩に言われてここにいる。この関係は、秘密 だ。 そんな常識も状況も、すべてかき消す衝動。梨華は怒っていない。 「かずま?」 窓から差し込むオレンジの光が、廊下を、そして梨華を照らす。 和真の目の裏で、たたずむ梨華の背中が光に消えていく。振り向いた梨華の輪郭が、輝きの中から自分を見つめ返す。これ以上美しいものはない。この世界 に、これ以上美しいものはない。 貪欲なこの身は、世界一の輝きをこの手に掴み取った。 |
夕方のラプソディ (旭川遼哉&森川美並/旭川浩孝 &早坂千里) |
「あーっ
美並ちゃんやー! 美並ちゃーんっ!!」 元気な声と足音が追いかけてくる。 「ちょっと! ひろ!!」 続いて怒声と蛙がつぶれたような声。 「あ…」 美並に文字どおり飛びかかろうとしていた浩孝が千里に言葉どおり首根っこを掴まれる。 「あほや」 美並がよく聞きなれた声に隣を見上げる。そこには心底あきれた顔をしている遼哉が立っていた。 「帰るで、美並」 遼哉は美並の手をとる。美並の頬がそっと赤くなった。 「部活は?」 「今日は休みや」 遼哉と浩孝はサッカー部に所属している。 「やからー、美並ちゃん、一緒に帰ろっ」 「きゃっ!?」 千里を振り切った浩孝が美並に後ろから抱きつく。 「……浩孝」 「……ごめん、遼兄」 従兄弟同士、家は隣、幼稚園から小学校、中学校そして高校、果ては部活まで一緒という強烈な腐れ縁を持つ遼哉と浩孝。一学年の差はあれど。だから、いく ら天然鈍感な浩孝といえど、遼哉の怒りの原因は分かっている。 「そない怒らんといてやー。遼兄もやったらえぇやん。もう美並ちゃん抱き心地がええんやでー」 「ほぉ?」 「あ…」 完璧に墓穴を掘っている。遼哉と美並は、付き合ってこそいないものの両想いで、彼ら自身それを知っている。 「遼兄ごめん! ほんまに悪いって思っとるから!」 「―――美並、帰るで」 「りょう、ひろのことは任せて。久々に二人でゆっくり帰りや」 浩孝も、遼哉や浩孝と幼なじみである千里もそれについては知っているから、千里はこうして気遣う。 「あー…ほんなら、頼むわ。大変やろけど…うん」 「…気にせんで。美並、また明日な」 浩孝を押さえ込んだ千里は美並にきれいな笑顔を見せた。美並も苦笑しながら、その想いを分かっているため、無駄にはしない。そもそも、お互いの気持ちな ど隠す余地もない。美並が遼哉と、千里が浩孝と帰るのは、自然な事のようにも思えた。 「うー…ほな、また明日な、美並ちゃん」 「うん、また明日、ひろ君。…あ、りょう君、帰りに図書館寄ってもえぇ?」 「おん、えぇで」 バイバイと手を振って遼哉と歩き出す美並を見送り、浩孝は千里を盗み見る。だが、ほぼ同時に千里も浩孝を盗み見たため、必然的に目が合ってしまった。 「…何」 「なんでもない。帰ろか」 繋ごうかどうしようか迷ってやめた指先をもてあましながら、ふたりは歩き出す。 真っ赤な夕日が、二組の複雑なカップルを照らしだしていた。 |