The
acquaintance
「ね、お願いっ!」
顔の前で合わせられたゆうの手は、白くて指も長くてきれい。いいなぁって思っちゃう。
「ちょっと、ねぇ、聞いてる?」
ぼぉっと見てたら、きれいな手があたしの目の前で揺れた。
「え、あ、うんっ、聞いてるよっ」
嘘じゃないよ、話は聞いてたもん。ちょっとトリップしてただけだもん。
「今日、一緒に帰るんでしょ? いいよ、あたしもゆうと帰るの、久しぶりだから嬉しい」
「それは鈴花が島村君と帰ってるからじゃんー」
ゆうは見た目には高校生くらいに見えるけど、しゃべるとこどもっぽくなるの。今も、ほっぺたふくらませて、とってもかわいい。
「だって、雄飛が迎えに来るんだもん」
「知ってますぅー」
あ、もしかして、結構ごきげん損ねちゃってたかな。久しぶりに日本に帰ってきたのに、せっかくゆうと同じ中学校になれたのに、あたしは雄飛と帰ってばっ
かりだったから。でも、ゆうだって笑顔で送り出してくれたのに。一緒に帰れなくて、さみしかったのはあたしだっておんなじだもん。
「ごめんね、今日は、一緒に帰ろうね?」
様子をうかがいながら言ってみると、ゆうは嬉しそうににっこりした。それがなんだかちょっと大人っぽくて、同い年なのにずるいなって思った。そういえ
ば、雄飛にだってはじめは一年生だと思われてたんだよね。あたし、そんなにこどもっぽいかなぁ。ちょっとショック……。
「ねぇ、道こっちだっけ?」
「もぉー、違うよ、毎日帰ってるじゃん」
……? なんか、ゆうが言ってることがよくわかんない。ゆうはとっても機嫌がよくてにこにこしてる。
「ちょっと寄りたいとこあるんだ」
あ、もしかして、それで一緒に帰ろうって言ってくれたのかな。
「寄り道? どこ行くの?」
にこにこして話に入ってきた、雄飛。ゆうがちらっと雄飛を見た。結局、雄飛も一緒なの。できればふたりがいいってゆうに耳打ちされたから、なんとか今日
は別々に帰ってもらおうと思ったんだけど、うまくいかなかったみたい。
ゆう、雄飛のこと嫌いなのかな? ちょっとそわそわしてる。雄飛、いい子なのに。
「行ったらわかる」
ちょっとだけ冷たい声で、ゆうがつぶやいた。
なんだか、何を話していいかわかんなくて、あたしが雄飛が時々話しかけてくるのに答えるくらいで、会話は続かない。
「ここ」
そのままちょっと歩いて、ゆうが立ち止まったのはどこかの学校の校門だった。多分、高校の。
「ここ?」
ゆう、高校に何の用があるのかな。出てくる人たちはやっぱりどこかおとなっぽくて、ちょっとはずかしい。ゆうはおとなっぽいからいいけど、あたしや雄飛
はどう見たって中学生、なんだもん。でもゆうもちょっとはずかしそう。あ、だから一緒に来てってことなのかな。
「入んないの?」
えっ、高校って勝手に入ってもいいの?
「入るわけないじゃんっ」
ゆうが慌てる。そうだよね、高校に中学生が入っていったら、きっとみんなびっくりするもん。
「ね、もしかして誰かに会いに来たの?」
雄飛の言葉に、ゆうはほっぺたを赤くした。答えないけど、たぶん当たってるんだと思う。そっかぁ、人に会いに来たんだ。
「ねぇ、それって……」
「ゆう?」
突然、背の高い男の人が声をかけてきた。ゆうの名前を知ってるってことは、ゆうの知り合いなのかな。あ、そっか、ゆうが会いに来た人?
「あ……」
「やっぱりゆうだ。どっかで見たことある制服だなぁって思ったんだよね」
あれ? でもあたし、この人どこかで見たことある気がするんだけど……気のせいかなぁ?
「来てくれたんだ? 今日俺が部活休みだから?」
嬉しそうに笑うその人を、じぃっと見つめる。失礼だとは思うけど、気になりだしたら気になるんだもん。誰かに似てるとか? 芸能人さんとか? うぅん、
出てきそうで出てこない、なんか悔しい。
「別にそういうわけじゃなくて……っ」
「……あれ?」
ばっちり、その人と目があった。わわわ、どうしようっ。
「え、と、あのそのっ」
きゃーっ、困るよ、どうしよう。だって、どこかで会いましたか、なんて失礼だし聞けないしっ。
「もしかして、すず?」
……え? あたし、の名前、知ってるの?
「そう。鈴花。ほら、こっち帰ってきたってゆったじゃん」
やっぱり、知ってる人なんだ。すずって呼ばれてるってことは、親しかったってことだよね? どこで会ったんだろう……。
「そっかぁ。久しぶりだねー。あんまり変わってないからすぐわかった」
ごめんなさいっあたしは全然わかりませんっ!
「ねぇ、それってあたしが変わってないって言いたいの?」
「え、ゆうはずっといっしょにいたじゃん。ほとんど毎日顔合わせるのに変わったなぁとか思わないよ」
え? あれ? もしかして……。
「……あき?」
恐る恐る呼びかけてみたら、ゆうとその男の人が、一度にあたしを見てきた。ふたりで顔を見合せて、おんなじタイミングで笑った。
「もしかして、俺のことわかってなかった?」
えっと……さすがにそうですってはっきり言うのは、だめだよね? でもだって、久しぶりなんだもん。外国にいってたのは、あたしのほうなんだけど。
「そうだよ、あきだよ?」
ゆうが楽しそうに笑ってる。ちょっとはずかしい。
あき、こと高槻亜樹は、ゆうと同じあたしの幼馴染み。あきのほうが三つ年上なんだけど、家が近いからよく遊んでもらってたの。あきのこと、忘れてたわけ
じゃないけど、高校生になってバスケ部に入って忙しいって聞いてたから、あんまり気にしてなかったんだよね。ゆうもあきのこと話したことなかったし。
「だって、あき、前よりずっとおとなっぽいんだもん」
「あは、ありがとう」
そう言ってにっこりしたあきは、なんだか落ち着いて見えて、おとなっぽいなぁって思った。
「じゃ、帰ろっか。ずっと気になってんたんだけど、そこの男の子はすずの彼氏?」
男の子?
「あぁっ!」
忘れてた! そういえば、雄飛も一緒なんだったっ。
「ううん、雄飛はねっ」
「そう、彼氏ですっ」
え? にっこりした雄飛があたしの腕をとった。え、ちょっと待って、彼氏? あれ? 雄飛ってあたしの彼氏だったっけ?
「そっかそっか。すずと仲良くしてあげてねー」
「てか付き合ってたんだ。言ってくれればよかったのに」
うんと……あたしも今まで知らなかったんだけど……。
「え、ゆう、知らなかったの?」
「うん、聞いてなかった。島村君が鈴花のこと好きなのは知ってたけど」
え? 雄飛、あたしのこと好きなの?
「ふーん。じゃ、ここからは別々で帰る? ゆう、久しぶりにどっか寄って帰ろっか。いつものカフェでいい?」
「んー、いいよ。じゃあね、鈴花。今日は付き合ってくれてありがとね」
なんか、置いていかれてる感じなんだけど……。あたし、どうすればいいの?
ぼぉっとしてるあたしを、雄飛がひっぱった。
「帰ろっか」
……まぁ、いっか。
「ね、ところであのあきって人とどういう関係なの? 藤沢さんの彼氏?」
え? あきとゆうって付き合ってるの? 明日、学校でゆうにきいてみよう。
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